tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『貘の檻』道尾秀介

貘の檻 (新潮文庫)

貘の檻 (新潮文庫)


1年前に離婚した大槇辰男は、息子・俊也との面会の帰り、かつて故郷のO村に住んでいた曾木美禰子を駅で見かける。32年前、父に殺されたはずの女が、なぜ―。だが次の瞬間、彼女は電車に撥ねられ、命を落とす。辰男は俊也を連れてO村を訪れることを決意。しかしその夜、最初の悪夢が…。薬物、写真、地下水路。昏い迷宮を彷徨い辿り着く、驚愕のラスト。道尾史上最驚の長編ミステリー!

最近はユーモアものや非ミステリの作品も増えてきた道尾秀介さんですが、本作は長編でがっつりミステリです。
なんだか長編のシリアスミステリは道尾さんの作品に限らずとも久しぶりに読んだ気がします。
やはり読み応えの面では長編で重たい内容のものが満足度は高いですね。
結末が気になってどんどん先へ先へと読み進めていけました。


この作品は、今よりも30年以上前、ファミコンが発売された頃の日本の農村を舞台としています。
その時代のことを知っている人にとっては懐かしさが感じられるかもしれませんし、若い人には新鮮味があるのではないかと思います。
さらに都会育ちの人か、田舎育ちの人かによっても物語から受ける印象は変わってきそうです。
私はというとその頃の記憶は多少はあるけれども、社会の空気感や世情についてはよく分からず、都会育ちなので農村の雰囲気もよく知らない、ということで、本作から親近感や共感を得ることは難しかったですが、それでもなんとなく懐かしいような感覚がありました。
そして作中でたびたび語られる主人公の大槙の過去の記憶と夢は、さらに32年前、つまり現在より60年以上前にさかのぼります。
そうなるともはや私にとっては昔ばなしに近いレベル。
同じ日本が舞台なのに、異世界感もあるという不思議な感覚の中、大槙を苦しめる謎の悪夢がさらに物語に面妖さをもたらしています。
何を意味しているのかはっきりとは分からない、ひたすら怪しさや不気味さをはらんだその夢が、大槙だけではなく読者の不安をもかきたて、それは大槙の病気や精神的な不安定さとあいまって、光の乏しい水の中を泳いでいるような息苦しい気持ちにすらなりました。
悪夢の意味は少しずつ明らかになってはいきますが、全てが完全に解明されるわけではありません。
そのため、息苦しさはほぼ物語の最後まで続きます。
全く救いがないわけではないのですが、最後まで重苦しい雰囲気なのは好みが分かれそうなところです。


ミステリとしては、過去に起こった殺人事件と、現在 (といっても現代よりは30年以上前) のパートで起こる大槙の息子の誘拐事件というふたつの謎が絡んでいきます。
過去に起こった事件では大槙の父親が犯人だとされており、父と被害者になった女性との奇妙な関係を子ども時代に目撃したことが、大槙にとってトラウマとなり、大槙を苦しめる悪夢もそれが原因です。
過去の事件についても現在の事件についても、少しずつ真相が明らかになっていくにつれて、事件の関係者たちの間でどうしようもない行き違いやすれ違いがあったことが分かり、なんとも言えないやりきれなさが抑えられませんでした。
ほんの少し、何か別のきっかけがあれば事件は起こらなかったのかもしれない、そうすれば大槙が苦しむこともなかったのかもしれないと思うと、悲しいような悔しいような気持ちが沸き上がってきます。
前述のとおり最後まで重苦しい雰囲気が続く物語ですが、それでも結末が最悪のものでなかっただけでもよかったのかもしれません。
ほんの少しの光でも、大槙がそれをきっかけとしてまたなんとか立ち上がって歩いて行けるといいなと思います。


終盤の展開には意外性もあり、ミステリとしては悪くないと思いました。
もう少しカタルシスと救いのある話が読みたかったなという気持ちも否めませんが、ちょっと昔の推理小説を読んでいるような感覚はなかなか面白いものでした。
道尾さんは雰囲気作りが細部まで徹底していて巧いなと思います。
☆4つ。