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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『天使の柩』村山由佳

天使の柩 (集英社文庫)

天使の柩 (集英社文庫)


家にも学校にも居場所を見出せず、自分を愛せずにいる14歳の少女。茉莉。かつて最愛の人を亡くし、心に癒えない傷を抱え続けてきた画家・歩太。20歳年上の歩太と出会い、茉莉は生まれて初めて心安らぐ居場所を手にする。二人はともに「再生」への道を歩むが、幸福な時間はある事件によって大きく歪められ―。いま贈る、終わりにして始まりの物語。『天使の卵』から20年、ついに感動の最終章。

村山由佳さんの作品からはかなり長く離れていたのですが、この作品は読まないわけにはいかないでしょう。
天使の卵』『天使の梯子』『ヘヴンリー・ブルー』と続いてきた村山さんの代表作、「天使」シリーズの完結編なのですから。
シリーズ1作目で、村山さんのデビュー作でもある『天使の卵』を読んだのはもう今から20年も前のことです。
この作品は当時主人公の歩太 (あゆた) と歳が近かった私にとって感情移入がしやすく、何度も何度も読み返すぐらい大好きな1冊でした。
特にラストシーンの切なさには何度も泣かされました。
その続編の『天使の梯子』と『ヘヴンリー・ブルー』では、歩太の元彼女である夏姫 (なつき) の新たな恋愛が描かれましたが、歩太も夏姫もまだ完全に悲しみから立ち直っている感じではなく、さらなる続編が待たれていました。
期待通りにしっかり完結編が出てくれたことが、とにかくうれしいです。


主人公は、本作から初登場の中学生、天羽茉莉 (あもうまり)。
彼女が公園で絵を描いていた歩太に出会うところから、物語が始まります。
茉莉は日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれたハーフの少女で、母が失踪し、祖母に育てられましたが、祖母が亡くなった後は父とのふたり暮らし。
これだけで家庭にあまり恵まれない子だということは分かりますが、それだけでなく祖母と父からの虐待を受けています。
家庭に居場所のない茉莉は、20歳のタクヤの部屋に入り浸るようになりますが、このタクヤは絵に描いたようなチンピラです。
今までの「天使」シリーズにはなかった、虐待や暴力の描写がとてもつらく、茉莉の置かれた状況のひどさに気分が悪くなってくるくらいでした。
しかもそれが現実離れした話ではなく、実際にこんなふうな過酷な状況に置かれている子はいるんだろう、と思えるリアリティがあるのがなおさらつらいです。
天使の卵』でも歩太の父の話など、つらい部分はいろいろありましたが、それとはまた別種のつらさがこの作品にはありました。


そういうつらい部分が多い作品だからこそ、歩太と茉莉が築いていく、親子のような、兄妹のような、友人のような関係のあたたかさにホッとさせられます。
親子ほどの年の差があるからこそ、赤の他人の男女でも、変に生々しくなることがありません。
そして、このふたりの関係のよいところは、歩太が年齢的に茉莉の保護者的なポジションにいながらも、どちらかがどちらかに依存するような一方的なものではない、対等な関係だということです。
出口の見えない闇の中にいた茉莉を、歩太は救い出します。
でも同時に、歩太も茉莉に救われるのです。
そして、それだけではなく、歩太と茉莉がお互いに救われることによって、ふたりの周囲の人たちも救われるのです。
茉莉が新しい居場所を得ることによって、茉莉の父親もある意味救われていると思いますし、『天使の卵』以来止まっていた歩太の時間が再び動き出すことによって、歩太の周りの人たちもようやく安心できたのではないかと思います。
特に、『天使の梯子』から夏姫と慎一の関係がほとんど進んでいないことから、夏姫の傷もまだ癒えていないことは明らかでしたが、歩太の前進を見てようやく彼女も前へ進めるのではないでしょうか。
そしてそれは、『天使の卵』のヒロイン・春妃をも救っているのだろうと思いました。


喪失の果ての、救済の物語。
それが「天使」シリーズでした。
当たり前ですが歩太がしっかり大人の男になっている様子も読めて、シリーズ読者としてはとてもうれしかったです。
20年越しのシリーズ完結に感謝です。
☆4つ。


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