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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『小暮写眞館』宮部みゆき

小暮写眞館(上) (講談社文庫)

小暮写眞館(上) (講談社文庫)

小暮写眞館(下) (講談社文庫)

小暮写眞館(下) (講談社文庫)


家族とともに古い写眞館付き住居に引っ越ししてきた高校生の花菱英一。変わった新居に戸惑う彼に、一枚の写真が持ち込まれる。それはあり得ない場所に女性の顔が浮かぶ心霊写真だった。不動産屋の事務員、垣本順子に見せると「幽霊」は泣いていると言う。謎を解くことになった英一は。待望の現代ミステリー。

久しぶりの宮部みゆきさんの現代ものミステリ。
そして私も久しぶりに、読書で泣いてしまいました。
ずっと大泣きというのでも、クライマックスで思わず涙がというのでもなく、ところどころの何気ないエピソードが心に沁みて、じわじわと泣けて仕方ありませんでした。
おかげでなんだかすっきり。
涙を流すというのはストレス解消法の一つですからね。
宮部さんに感謝です。


物好きな両親のおかげで、寂れた商店街の中にある古びた写真館に住むことになった高校生・花菱英一(愛称は花ちゃん)。
なんとこの写真館には幽霊が出るという噂が…。
さらに英一のもとには奇妙な写真が持ち込まれます。
「心霊写真」とでも呼ぶべきその写真の謎を解く羽目になる英一でしたが――。


心霊写真の謎を解く、という連作日常(?)ミステリの体裁を取っている作品です。
殺人事件などの大きな犯罪事件は起こりません(途中花菱家に強盗が侵入するという事件は起こりますが、実質的な被害なし)。
でも、英一が遭遇する謎や出来事は、そのどれもが日常のワンシーンでありながら、心を揺さぶられるようなことばかりです。
犯罪という絶対的な悪まではいかなくても、人の悪意や利己的な心が謎を解くことによってあからさまに見えてきて、ある意味犯罪よりも残酷でたちの悪いものを感じ、ぞっとする場面が何度もありました。
この点は、宮部さんの時代物「三島屋百物語」シリーズに似ていると思いました。
百物語の現代版。
「三島屋百物語」シリーズは江戸時代が舞台ですから人々の語る物語が題材ですが、この『小暮写眞館』では写真が題材です。
写真は一瞬を切り取るものですが、その背景にはちゃんと時が流れている。
そこに写っている人々の、あるいは写っていない人々の、さまざまな思いがあって、物語がある。
「心霊写真」のからくりが科学的・論理的な見地から解き明かされるわけではありませんが、一枚の写真に写るものから見えてくるものを細部まで丁寧に描くことによって、人間は死んでも、想いは逝かないということがあるのだということが説得力を持って感じられました。


登場人物も、ひとりひとりのディテールが細かく描かれていてとても魅力的です。
なんだかんだ言いながら家族思いで友達思いの英一は、いい奴だなぁと素直に思えるキャラクターです。
英一の弟・光(ピカちゃん)は可愛らしくていじらしくて、抱きしめたくなります。
英一の両親は少々変わり者のようですが、まっとうな社会人であり親であるという点では至って普通の善良な人たち。
その他、英一の高校の友人であるテンコ、コゲパン、橋口らもみんな個性的で、いい子たちばかり。
そして、何よりも印象的なのが、花菱家が小暮写真館を購入する時にお世話になった不動産屋に勤めるOL・垣本順子。
ある意味「厄介な問題人物」なのですが、こういう不安定な人、いるよね、と思いました。
小暮写真館を通じて英一はさまざまな人と出会うことになりますが、中でも一番彼に大きな影響を与えたのがこの順子で、そして順子にとっても英一との出会いはとても大きかったのだと思います。
順子の「問題」の原因はとても心痛むものでしたし、彼女が最後に選んだ選択肢はやっぱり少し悲しくて泣いてしまいましたが、同時にすがすがしいものも感じました。
人生における辛いことに立ち向かうことも、逃げ出すことも、どちらも立派な選択。
英一のおかげでその選択をすることができた順子に、ホッとしてまた涙が出ました。


やっぱり宮部さんの現代ミステリはいいなぁ。
人と人との間には悪意や妬みといったネガティブな感情も生まれるけれど、それ以上に優しさや思いやりというあたたかい感情も生まれる。
そのことを信じて頑張ろうと思わせてくれました。
☆5つ。