tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『空を見上げる古い歌を口ずさむ』小路幸也

空を見上げる古い歌を口ずさむ (講談社文庫)

空を見上げる古い歌を口ずさむ (講談社文庫)


みんなの顔が〈のっぺらぼう〉に見える――。息子がそう言ったとき、僕は20年前に姿を消した兄に連絡を取った。家族みんなで暮らした懐かしいパルプ町。桜咲く〈サクラバ〉や六角交番、タンカス山など、あの町で起こった不思議な事件の真相を兄が語り始める。懐かしさがこみ上げるメフィスト賞受賞作!

初めて読む作家さんです。
知らなかったけどメフィスト賞受賞作だったのか〜。
どうりで個性的な作品だと思った。


個性的な作品ではありましたが、とても面白く読めました。
人の顔が「のっぺらぼう」に見える、という奇妙な現象が至極大真面目に語られるので、ファンタジーかSFかという気もしつつ、子どもが突然失踪したり、怪死事件が連続して起きたりという筋書きはやはりミステリのような気もして、で最後まで読んでみて、やっぱりファンタジーだったのかな?みたいな。
キツネにつままれたような不思議な感触を味わいつつも、懐かしさがこみ上げる少し切ない読後感はなんだかとても心地よく、死人もけっこう出ているわりには後味も悪くありませんでした。
最後に明かされる「のっぺらぼう」現象の真相にはいろいろと含みがあるように思われて興味深いです。
その部分だけ2度繰り返して読んでみましたが、分かったようでなんだかよく分からない。
「のっぺらぼう」が見える当人も、完全には理解しないままに運命を受け入れているのではないかと思いました。
そしてその「よく分からなさ」が、ちっとも不自然じゃないのです。
だって最近の新聞やテレビのニュースを見ていると「よく分からない」事件ばっかりなんですから。
「なるほど〜」と、よく分からないのに納得してしまいました。
辛く悲しく異常な事件が起こるわけは分からなくとも、家族や友達との絆を大切にし、善悪を見失わないようにしていれば、自分や自分の周りの大切な人たちを、そういった事件の当事者にはせずに済むのかもしれない。
そんなふうに思いました。


ところでこの作品の舞台は実在の町で、作者の小路幸也さんご自身が生まれ育った場所だそうで。
そのことを解説で知って、だからこんなに生き生きとした町とそこに住む人々が描けたのか、と納得しきりでした。
私はこの作品で描かれている時代にはまだ生まれていなかったのですが、それでも「懐かしい」と感じてしまったのだから、やはり作者の実体験に基づく描写が優れていたということなのでしょう。
一風変わった作品でしたが、たまにはこんな世界に浸ってみるのもいいなと思いました。
☆4つ。