tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『閉鎖病棟』帚木蓬生

閉鎖病棟 (新潮文庫)

閉鎖病棟 (新潮文庫)


とある精神科病棟。重い過去を引きずり、家族や世間から疎まれ遠ざけられながらも、明るく生きようとする患者たち。その日常を破ったのは、ある殺人事件だった…。彼を犯行へと駆り立てたものは何か?その理由を知る者たちは―。現役精神科医の作者が、病院の内部を患者の視点から描く。淡々としつつ優しさに溢れる語り口、感涙を誘う結末が絶賛を浴びた。山本周五郎賞受賞作。

これまた「今さら」の読書ですね。
「泣ける本」として有名な『閉鎖病棟』、ようやく読みました。
正直話が重い上に陰鬱でちょっと読むのがつらかったのですが、確かに胸に響く名作でした。


舞台は精神科病棟。
それぞれの過去や事情を背負いながら共に生きる入院患者たちの日々の生活が非常に丁寧な筆致で描かれます。
やがて殺人事件が起こりますが、この作品はミステリでもサスペンスでもありません。
殺人事件の犯人も患者なら、被害者も患者。
被害者は元暴力団員で、他の患者たちに暴力を振るったり傍若無人な振る舞いをする厄介者で、私はずっとこの人物に対し不快感を抱きながら読んでいました。
ですが、最後の最後に、彼にも彼なりの苦しみがあったのだという見方が呈示されます。
もちろん彼自身に問題はたくさんありました。
でも、本当にその人が心のうちに抱えているものは、彼に接する者も心を開いて、時には命を賭してぶつからねば見えなかったのです。
こうした視点はやはり作者自身が精神科医として日々患者たちと接する中でこそ得られたものなのでしょう。
恥ずかしながら私は精神病患者に対して決して十分な理解があるとは言えない人間です。
この作品は、そんな私に精神病を理解する糸口を与えてくれたように思います。
作中で2度、精神病患者に対し「あなたはどこが病気ですか」という言葉が投げかけられます。
患者はその質問に答えることができません。
きっと、誰にもどこが病気だとはっきり言うことはできないのでしょう。
それがおそらく精神病というものなのだと思います。
どこが悪いのかはっきりとは分からないし、人それぞれ症状も異なるにもかかわらず、すべてひっくるめて「精神病」というレッテルを貼られ、なにやら得体の知れないものとして扱われる―。
そうした精神疾患に対する社会の無知と無理解と偏見に対し、この作品は静かに、でも確かな決意を持って警鐘を鳴らしているのだと思います。


文章は読みやすく、描写も生き生きとしていて読ませますが、いかんせん話のテーマがテーマだけになかなか読むのが大変でした。
精神的にも肉体的にも元気なときに読むことをおすすめします。
☆4つ。