tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『蝉かえる』櫻田智也


全国各地を旅する昆虫好きの心優しい青年・エリ沢泉(えりさわせん。「エリ」は「魚」偏に「入」)。彼が解く事件の真相は、いつだって人間の悲しみや愛おしさを秘めていた──。16年前、災害ボランティアの青年が目撃したのは、行方不明の少女の幽霊だったのか? エリ沢が意外な真相を語る表題作など5編を収録。注目の若手実力派が贈る、第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞を受賞した、連作ミステリ第2弾。

『サーチライトと誘蛾灯』に続き、昆虫好きの青年・エリサワが探偵役を務める連作ミステリ短編集です。
前作もよかったですが、今作はさらにパワーアップ。
非常に上質なミステリ短編5編を満喫しました。


作者自身があとがきで語っているとおり、今回はエリサワの人物像について掘り下げて書かれており、彼の人間性がわかる内容になっています。
職業だとか住まいだとか、依然として謎の部分は多々あるのですが、明らかになった部分もあって、前作よりぐっとエリサワに共感しやすくなりました。
昆虫が大好きで、人付き合いは苦手で、頭はいいし洞察力も推理力もあるのに、どこか抜けた部分があってちょっと変わった人、という印象は前作と変わりません。
けれど、今作ではエリサワの過去が描かれることによって、彼の優しさや思いやりや強さが伝わり、人物描写により深みが出ました。
そうして主人公の人となりがわかってくると、物語全体に対しても感情移入しやすくなりますね。
今回、私が一番心を動かされたのは、「ホタル計画」という作品でした。


「ホタル計画」は、ある科学雑誌の編集長が、失踪したライターの行方を捜して北海道へ行き、雑誌の常連投稿者である少年と出会う話です。
とにかくこの物語には、ミステリ的に「やられた!」となりました。
あまりネタバレするわけにはいきませんが、少し叙述トリックの要素が取り入れられており、ミスリードの罠にまんまとかかってしまいました。
読み終わってからよくよく考えてみると、ヒントは冒頭からあちこちに散りばめられており、細かい部分を注意深く読んでいればだまされずに真相を見抜くこともできたはずです。
ただ、途中で出てくる大学教授の死に気を取られ、別の部分で驚かされることになりました。
そして、その驚きを味わった瞬間、なんとも言えない叙情性と郷愁も同時に心に流れ込んできます。
切ない読後感が胸に沁みました。


前作から引き続き、ミステリとして楽しい作品であるだけでなく、物語と謎解きの中に社会問題が自然に取り入れられているのもポイントです。
上述の「ホタル計画」では遺伝子組み換えの話が出てきます。
他にも表題作の「蝉かえる」は災害ボランティアの話ですし、「彼方の甲虫」には外国人差別が、「サブサハラの蠅」では途上国における感染症の問題が描かれていて、どれも深く考えさせられました。
「彼方の甲虫」に登場するある日本人が外国人に向ける蔑視と嫌悪には読んでいて悲しい気持ちになりましたし、その負の感情が事件を引き起こし痛ましい結末を迎えることに、気持ちが沈みます。
ただ、「彼方の甲虫」は前作『サーチライトと誘蛾灯』にも登場した丸江が再登場していて、彼女とエリサワとのテンポのよい会話が救いでした。
サブサハラの蠅」ではエリサワの学生時代が明らかにされ、その回想部分は楽しく読めるのですが、エリサワの友人がアフリカで体験したことには胸が痛みます。
その友人はアフリカで「アフリカ睡眠病」という感染症の治療に携わっていたのですが、私はこの作品で初めてこの感染症について知りました。
作中でアフリカ以外の国々でのこの感染症に対する無関心について述べられていますが、まさに自分自身も無関心だという事実を突き付けられます。
けれども、本作を読むことによって知らなかったことを知ることができたわけで、作者への感謝の気持ちも同時に湧いてきました。
こうして読みやすいフィクションの形で自分の無知を自覚できるのはありがたいことです。


前作よりもあらゆる面で進化していると感じられた続編でした。
予想通り、少しずつでもエリサワのことがわかってきたのがうれしいです。
「昆虫縛り」というのが作者にとっては大変かなあとは思うものの、ぜひ今後も続いていってほしいシリーズのひとつになりました。
☆5つ。




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