tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『密室蒐集家』大山誠一郎

密室蒐集家 (文春文庫)

密室蒐集家 (文春文庫)


鍵のかかった教室から消え失せた射殺犯、警察監視下の家で発見された男女の死体、誰もいない部屋から落下する女。名探偵・密室蒐集家の鮮やかな論理が密室の扉を開く。これぞ本格ミステリの醍醐味!物理トリック、心理トリック、二度読み必至の大技…あの手この手で読者をだます本格ミステリ大賞受賞作。

タイトルから想像できる通り、密室殺人事件にこだわった短編集です。
密室トリックはもうある程度出尽くしているのではという感があり、密室殺人事件のみを扱うというのはなかなかきつい縛りではないかと思われます。
密室にこだわった作品というと、最近では嵐の大野君主演でドラマ化された貴志祐介さんの「防犯探偵」シリーズが思い浮かびますが、あちらがコメディ風味本格ミステリで、こちらはファンタジー(SF?)風味本格ミステリという感じでしょうか。
どちらにもそれぞれの良さがあり、読み比べてみるのも面白そうです。


「ファンタジー(SF?)風味」というのは、タイトルにもなっている探偵役で、自らを「密室蒐集家」と名乗る謎の人物の印象から来ています。
この短編集に収録されている作品は、舞台となっている年代がバラバラで、戦前から21世紀まで、およそ70年という長い時間の幅があります。
そして、驚くことに、そのすべての作品において、同一人物と思われる探偵役「密室蒐集家」が登場するのです。
長い時が流れているにもかかわらず、その容姿には全く変化がなく、いつの時代においても30代の美男子という「密室蒐集家」。
密室殺人事件が起こるとどこから嗅ぎ付けてくるのか、必ず彼が現れて、たちどころに謎を解いてしまいます。
本名も住んでいる場所も職業も何もかもが謎で、事件を解決した後はいつの間にか煙のように消え失せているという、幻のような人物です。
もはや本書における最大の謎はこの「密室蒐集家」だと言ってもいいでしょう。
一体何者なんだ、と気にはなりますが、こういう謎は解かれないままの方がいいんですよね。
この不思議な人物の存在が、この作品をただの本格ミステリではなく、どこか幻想的な物語に仕立てています。


肝心の密室ネタの方はというと、もちろんネタバレを避けるためには詳しく書くわけにいかないのですが、5篇収録されている中での個人的なベストは「理由(わけ)ありの密室」です。
密室トリックとしては単純なもので、事件の捜査にあたる警察もあっさりとその仕掛けを見抜くのですが、ではなぜそのような分かりやすい方法で(しかもわざわざ別解をつぶすような工夫が犯人によってなされている)密室が作られたのか?という、通常の密室殺人ミステリとは異なる部分に焦点を当てた「ホワイダニット」ものになっているのが面白いと思いました。
どのようにして密室が作られたのかという種明かしももちろん面白いけれど、そればかり集めた短編集というのではさすがに飽きそうなので、こういう毛色の違う話があると、作品全体が引き締まる感じがします。
また、この「理由ありの密室」には最初の収録作品の登場人物だった女学生が、おばあさんになって再登場しているのもよかったです。
最初の作品からこの作品までの間に、どんな人生を歩んできたのかな、と思わず想像してしまいます。
本格ミステリは「人物が描けていない」などと評されがちですが、こんなふうに人ひとりの人生を思わせる描写が挟まれていることになんとなくほっこりするような気持ちを味わいました。


謎解きの面で一番意外性を感じたのは「佳也子の屋根に雪ふりつむ」かな。
登場人物が極めて少ないので自然に犯人候補が絞られるのですが、それでも事件の真相に驚かされました。
ミステリにはやっぱり意外性と驚きがないと、というミステリ好きの心をくすぐってくれる一編です。


初めて読む作家さんでしたが、文章も読みやすくよかったです。
本格ミステリ、やっぱり好きだなぁと思わせてくれました。
大山さんは多作の作家ではないようですが、他の作品も読んでみたいです。
☆4つ。