tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『過ぎ去りし王国の城』宮部みゆき


中学3年の尾垣真が拾った中世ヨーロッパの古城のデッサン。分身を描き込むと絵の世界に入り込めることを知った真は、同級生で美術部員の珠美に制作を依頼。絵の世界にいたのは、塔に閉じ込められたひとりの少女だった。彼女は誰か。何故この世界は描かれたのか。同じ探索者で大人のパクさんと謎を追う中、3人は10年前に現実の世界で起きた失踪事件が関係していることを知る。現実を生きるあなたに贈る、宮部みゆき渾身の冒険小説!

『英雄の書』や『悲嘆の門』などと同じく、異世界と現実の世界の両方を描くファンタジー作品です。
本作はどちらかというと現実の世界寄りの物語ですね。
個人的にはもっとがっつり本格ファンタジーを読みたい気分だったので、そういう意味では期待外れでしたが、これはこれで悪くないとも思いました。


特にいじめられているわけではないけれど、存在感がなく友達もいない中学3年生の真 (しん) は、ある日お使いで行った銀行で、リアルなヨーロッパの古城が描かれた絵を拾います。
その絵に「アバター」を描き込みそこに手を触れると、絵の中の世界に入り込めることに気づいた真は、隣のクラスのとても絵がうまい優等生・城田に、自分のリアルな姿の絵を描き込むよう頼みます。
そうしてふたりは絵の中に入り込み、そこで出会った人気漫画家のアシスタント・パクさんとともに絵の中の世界を探索することになります。


絵画の中に異世界があって、そこに入り込むというのは、発想自体はそう新しいものではないと思いますが、それでも魅力的な設定であることは間違いありません。
『英雄の書』では絵ではなく本でしたが、絵にしろ本にしろ、たとえ異世界につながっていなくても、「現実から逃避させてくれるもの」であるという点は同じなのではないでしょうか。
学校でシカトされ、家庭でも居場所のない城田にとっても、漫画家を志しながら結局はアシスタント止まりのパクさんにとっても、絵を描くことに集中している時は、嫌なことを忘れられる大切な自分のための時間です。
同じように、読書好きであれば、本を読んでいる時は嫌なことを忘れられるのです。
「現実逃避」というと少々ネガティブな響きがありますが、さまざまな現実がつらいなら、そこから一時的に逃げ出すことは悪いことではなく、むしろ必要なことであると言えます。


けれども、本作では逃避した先の結末を、なかなか厳しいものにしています。
現実はそう簡単には変えられないということを、宮部さんはある意味非常に残酷に描き出しています。
そこから読み取れるメッセージは、現実の困難と対峙していくのはあくまでも自分自身であり、自分の力で乗り越えていかなければならないのだということでしょうか。
主人公たちを突き放すような結末は、宮部さんにしては冷たいようにも感じられました。
けれども、今のところ人生に特に不満はないという真も、将来的には壁にぶつかる可能性もあるでしょう。
そうなった時に、真は古城の絵にまつわる不思議な体験をもとに、魔法のような簡単な方法でもなく、単なる現実逃避でもなく、あくまでも正攻法で真正面から難題と向き合うことができるのかもしれません。
そう考えると、これは宮部さんなりの子どもたちへのエールなのかもしれないなと思えてきました。
そして、現実を変えることは叶わなくても、友達がいなかった真や城田が絵をめぐる冒険を通じてお互いを理解し合えるようになったということが、本作における最大の希望であり、救いなのだと思います。


古城の絵にまつわる描写や、真と城田とパクさんの出会いは丁寧に描かれていて読み応えがありましたが、絵の謎が解明され始める辺りからちょっと駆け足気味になっているように感じられたのは残念でした。
特に絵の謎に関わる少女の失踪事件については、もう少し掘り下げてもよかったのではないかと思います。
それでも、ファンタジーが苦手な人でも読みやすそうな設定に好感が持てますし、主人公の真の、現代っ子らしいちょっと冷めた感じもよかったです。
☆4つ。