tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ここはボツコニアン1』宮部みゆき


“ボツ”になったゲームネタが集まってできた、できそこないの世界“ボツコニアン”。そんなダメダメな世界をより良くするために、「長靴の戦士」に選ばれた少年ピノと少女ピピ。黄色い花の植木鉢の姿をした、しゃべる取扱説明書・トリセツに導かれ、二人は夢と笑いの溢れる壮大な冒険に出る!あの宮部みゆきが、書きたくて仕方がなかった抱腹絶倒のNEWファンタジーシリーズ。ついに、開幕!

社会派ミステリから超能力・SF、ファンタジーに時代小説と、宮部みゆきさんの作風の幅の広さは以前からよく知られているところです。
けれども宮部さん、この作品にてさらにその幅を広げてしまいました。


以前にも『ICO -霧の城-』のようにゲームのノベライズを手掛けられたことはありましたが、今回は完全オリジナルのゲーム世界小説。
テレビゲーム (という言い方はもしかして古いのでしょうか…今はスマホでゲームをする時代ですものね) に興味のない人にとっては何のこっちゃ?なディープなゲームネタ満載です。
他にも映画やドラマなどサブカルチャーネタが大量に、しかもストーリー本編からは脱線気味に投入されているので、たとえゲーム好きの人でも、すべてのネタについていくのはなかなか大変なのではないかと思います。
私も以前はゲームをやっていましたが、ドラクエやFFやマリオなど本当にメジャーなものしか知りませんし、ゲームをやらなくなってもう結構長いので、正直なところ分からないネタがたくさんありました。
映画やドラマネタに至っては、分からないネタの方が多かったくらいです。
それでもそれなりに楽しめたのは宮部さんのストーリーテラーぶりのおかげでしょうか。
主人公のピノとピピの双子コンビが冒険に旅立ち、まずは王様に会いに行く。
その道中、チュートリアル的な戦闘があったり、いろんな人物との出会いがあったり、アイテムをゲットしたり――というRPGでのお約束をしっかり踏まえた展開で非常に分かりやすいですし、双子のキャラクターもなかなかかわいいです。


本文中にちょくちょく作者自身が登場するというのも、今までの宮部作品にはなかった趣向で、はじめは少々面食らいましたが慣れればなかなか面白いです。
何というか、「素」の宮部さんが見られるという、ファンとしてはおいしい展開と言いますか。
もちろんゲームや映画やドラマのネタからは、宮部さんの趣味嗜好がよく分かります。
以前はオフィシャルサイト「大極宮」でゲームに関する文章をよく書かれていましたが、最近はお忙しいのかそういう文章はあまり見られなくなっているので、ある意味この作品は宮部さんの近況報告のようなものでもあると言えると思います。
精力的に作品を書き続けながらも、以前と変わらず趣味を楽しんでおられるようで、なんだかちょっと安心してしまいました。
ストーリーも設定も文章もゆるく、ライトノベルレーベルでの刊行でもよかったのではないかと思えるような本作ですが、普段重いテーマで作品を書かれることが多い宮部さんにとっては、このような息抜き的な作品を書くことも必要なのかもしれません。
模倣犯』を書き終えた後、精神的に疲弊してしばらく現代ミステリは書けなかったというエピソードがありましたが、肩の力を抜いて好きなものを好きなように書くということは、今後も作家活動を続けていく上でよいことではないかと思います。
もちろん仕事なのですからいい加減というわけにはいかず、ある程度の質を求められるのは当然ですが、そこは宮部さんのことですから上手に料理されるんだろうなぁと思います。


ストーリーがまだ始まったばかりなので評価を下すには早い気がしますが、とりあえず先への期待も込めて☆4つとしておきます。
いろんなゲームのボツネタが集まってできた世界、という設定が、現段階ではまだ活かしきれていない感じがしたので、今後その設定が生きてくるといいのですが。
「ボツコニアン」シリーズは全5作で、文庫版は隔月刊行とのことです。
始まったばかりの双子冒険者の道行きに、しばらく付き合っていこうと思います。