tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『神様のカルテ2』夏川草介

神様のカルテ2 (小学館文庫)

神様のカルテ2 (小学館文庫)


栗原一止は夏目漱石を敬愛し、信州の「24時間、365日対応」の本庄病院で働く内科医である。写真家である妻・ハルの献身的な支えもあり、多忙な日々を乗り切っている一止に、母校の医局からの誘いがかかる。今の病院で一人でも多くの患者と向き合うか、母校の大学病院で最先端の医療を学ぶか。一止が選択したのは、本庄病院での続投だった(『神様のカルテ』)。
新年度、内科病棟に一止の旧友・進藤辰也が東京の病院から新任の医師としてやってくる。かつて進藤は“医学部の良心"と呼ばれていた。しかし、彼の医師としての行動は周囲を困惑させるものだった。そして、さらに大きな試練が一止たちを待ち受けていた――。

やっぱりこの作品大好きです。
デビュー作がいきなりヒットになった新人さんの作品の場合、1作目に比べて2作目はちょっとレベルが落ちる…ということもたびたびありますが、夏川草介さんにおいては全くそんなこともなく、素晴らしいクオリティを保っていました。


信州は松本市にある本庄病院で働く内科医の栗原一止(いちと)。
24時間、365日対応を掲げる地域病院は相変わらずの戦場です。
一止も休みなく働く中、大学生活を共に過ごした旧友・進藤が東京の名門病院を辞めて信州へ帰ってきます。
再会を喜ぶも、血液内科医として本庄病院で働き始めた進藤は、篤実な人柄であったはずが、なぜか病棟内での評判が悪く、一止を悩ませることになります。
進藤には何か複雑な事情があるようなのですが…?


時が移ろい、季節がめぐり、人の出入りがあっても、本庄病院が置かれている厳しい状況にはまるで変化がありません。
病棟は常に満床状態で、医師も看護師も昼夜なく激務をこなさなければ回らない状態。
シビアで、重い現実ですが、これは間違いなく日本のあちこちに見られる普遍的な状況なのだろうと思います。
医師たちは患者のために精一杯働いていて、自らの健康や家庭に向き合う暇さえありません。
ちょっと個人的な事情で休もうものなら、たちまち患者やその家族に「無責任な医者だ」と責められる始末。
医者が自らや自らの家族を犠牲にしなければ成り立たない医療…それが今の日本の医療の現実なのです。
そんな状況にはやがて限界が来るでしょうし、決して医療のあるべき姿などとは言えませんが、この現実を劇的に改善するような特効薬があるわけでもありません。
今の医療はおかしいと、崩壊寸前だと、分かっていても、医者にできることはただ目の前の患者に向き合い、一人でも多くの人を救うことだけ。
そんな理不尽さと無力感が伝わってきて、ただただやるせない気持ちになります。
「医者である前に、一人の人間だ」という言葉が重くのしかかってくるようでした。


でも、この物語の救いは、そんな厳しい状況に立ち向かう、素晴らしい人々が描かれていることです。
地域病院である本庄病院は、医療の最先端というわけでもなく、「神の手」を持つ名医がいるわけでもありません。
けれども、目の前の厳しい現実から目をそらさず、自分のやるべきことをきっちりこなし、誰よりも患者のための医療を考えることができるプロフェッショナルたちが揃っています。
だからこそどんなに厳しい現場でも、地域の中核病院として貴重な役割を果たしているのです。
そして、そこで働く人々を支える、一止の「細君」のハルなどのような人がいます。
そう、この作品は何よりも「人」を描こうとしているんだなぁと思いました。
どんな最新の医療技術や設備や薬があったとしても、結局人の病気を癒すのは「人」なんじゃないかと思ったのです。
患者とその家族、医師、看護師、その他の病院スタッフ…彼らのしっかりした意思疎通と信頼関係がなければ、高度な医療も意味をなさないのではないかと。
医療を提供する側とそれを受ける側とで、人と人とのつながりがしっかりとできていれば、訴訟問題など起こりはしないだろうし、たとえ治らない病気であったとしても、前向きに病と付き合っていける、あるいはよりよい死に方を模索することもできるのではないかと思いました。


相変わらずのハルの可愛らしさ、個性豊かで頼もしい一止の同僚たちに、悲しい場面が続いても、どこかほっとさせられました。
信州の自然描写も美しく、情景が目に浮かぶほどです。
でも、次々に咲いては散っていく花たちも、町の明かりで姿の見えない天の星々も、生まれては消えていく人の命を象徴しているようで、美しくも切なくて、何気ない描写に思わず泣いたりもしました。
1作目に引き続き、涙・涙の2作目でした。
3作目も楽しみです。
☆5つ。