tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『青のフェルマータ』村山由佳

青のフェルマータ Fermata in Blue (集英社文庫)


村山作品は好きですが、この作品は読んでいませんでした(他にも「おいしいコーヒーの入れ方」シリーズとかも読んでませんが)。
舞台がオーストラリアだったり、イルカが鍵になってたりと好きなタイプの作品っぽいのになんでだろう??

両親の不和、離婚から言葉を失った里緒は、治療に効果的だというイルカとのふれあいを求めて、オーストラリアの島にやってきた。
研究所のイルカの世話を手伝って暮らす彼女に島に住む老チェリストJBが贈る「フェルマータ・イン・ブルー」の曲。
美しいその旋律が夜明けの海に響いたとき、海のかなたから野生のイルカが現れて―。
心に傷を持つ人々が織りなすイノセントでピュアな愛の物語。


上のあらすじはAmazon.co.jpからの引用なのですが、なんかちょっと違うような気がするなぁ。
里緒が声を失った原因は両親の不和や離婚だけではないように思うのですが。
まぁとにかく、この小説は心因性の失語症を患った女性が、オーストラリアの海やイルカや研究所の人々とのふれあいを通して癒されていくという物語です。
いつも思いますが村山さんは「雄大な自然」や「野生動物」を表現するのが非常にうまい作家です。
『野生の風』でのサバンナの自然とそこに生きる動物たち、『翼 -cry for the moon-』でのアリゾナの大地の雄大さ、そしてこの『青のフェルマータ』での青い空と海とイルカをはじめとする海の生き物たち。
どれも非常に生き生きと鮮やかに描かれていて、目の前にその光景が迫ってくるような迫力があります。
気持ちよさそうに海に「抱かれ」、イルカたちと遊ぶ里緒の姿を読んでいると、自分もオーストラリアに行きたくて(行ったことはありますが冬に行ったので泳ぐことはできませんでした)仕方がありませんでした。
映像化したら非常にダイナミックで美しい作品になりそうです。


けれども、ストーリー的には村山由佳作品としてはパンチが足りないと言うか、物足りない気がしました。
単純な癒しの物語にするのではなく、最後の最後まで里緒を痛めつけるような出来事が起こるのは村山作品らしいなぁと思うのですが、その主人公の里緒が問題なんですね。
里緒は現地の男性たちになんだか妙に人気があるのですが(恋愛という意味ではなく)、どうも読んでいても里緒のどこにそんな魅力があるのかが伝わってこない。
確かにチェロの腕前はすばらしいようですし、優しくもろい心の持ち主なのだということは分かりますが…。
地の文が里緒の一人称なので、里緒のコンプレックスとちょっとうじうじした性格がもろに表れてしまっているせいなのかもしれませんが。
デイビーやフィオナとのこと、日本のテレビ局の取材のことなどが、ちょっと中途半端に終わってしまったような感があるのも残念。
せっかく海やイルカを魅力的に描くことに成功しているだけに、ストーリーの出来が少々もったいないような気がしてなりませんでした。

『青のフェルマータ』村山由佳
発売中 集英社文庫 \480(税込) ISBN:4087471497