tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ボクたちはみんな大人になれなかった』燃え殻

ボクたちはみんな大人になれなかった (新潮文庫)

ボクたちはみんな大人になれなかった (新潮文庫)


それは人生でたった一人、ボクが自分より好きになったひとの名前だ。気が付けば親指は友達リクエストを送信していて、90年代の渋谷でふたりぼっち、世界の終わりへのカウントダウンを聴いた日々が甦る。彼女だけがボクのことを認めてくれた。本当に大好きだった。過去と現在を SNS がつなぐ、切なさ新時代の大人泣きラブ・ストーリーあいみょん、相澤いくえによるエッセイ&漫画を収録。

ツイッターで話題になっていたので気になって読んでみました。
作者の燃え殻さん自身が「アルファツイッタラー」と呼ばれる、ツイッター界では有名で人気のある人なんですね。
私はご本人のツイッターはフォローしておらず、この作品で初めて燃え殻さんの文章に触れました。


主人公の「ボク」は専門学校を卒業後にエクレア工場でアルバイトをしている時に、アルバイト情報誌の文通コーナーを通して知り合った女性と付き合い始めます。
その後、エクレア工場を辞めてテレビのテロップを作成する会社で働き始め、多忙を極めるようになってからも付き合いは続きますが、ある日突然その関係は終わりを迎えます。
そんな切ない恋の思い出を、40代になった「ボク」がフェイスブックで彼女の名前を見つけたことをきっかけに振り返る、という物語です。
燃え殻さん自身がテレビ美術制作会社に勤めていて、年齢的にも「ボク」と同じのようなので、私小説に近いのかもしれません。
少なくともテレビのテロップや小道具などを制作する会社の業務については、創作とは思えないリアリティをもって描かれていました。
テレビがまだ娯楽の中心だった頃の業界の様子が非常に興味深かったです。


テレビ業界の話だけではなく、フリッパーズ・ギターオリジナル・ラブなどの音楽の話、聖闘士星矢うる星やつらなどのアニメの話など、時代を彩ったサブカルチャーの話題もたくさん登場します。
おそらく作者と同じくらいの世代の人ならとても懐かしく感じられるとともに、当時の時代の空気感をありありと思い出せるのではないでしょうか。
私は作者よりも少し年下で、そうした思い出に関して共有できる部分はほとんどありませんでした。
ただ、だからといってこの作品自体に共感できないかというと、そんなことはありません。
実際、歌手のあいみょんさんや漫画家の相澤いくえさんが寄稿しているように、作者よりずっと年下の若い世代からも支持され、共感されているようです。
それはやはり、過ぎ去った恋の記憶を思い起こす時の胸の痛みや切なさといったものは、どんな時代のどんな世代の人にも共通するものだからなのでしょう。
恋人に限らず、友人や仕事仲間など、人間生きていればいくつもの出会いと別れを繰り返していくものです。
そうした普遍的なものを描いているからこそ、この作品は大きな支持を得たのだと思います。


昔の話ばかりではなく、現代を描いているパートもあって、フェイスブックツイッター、ラインといったコミュニケーションツールも登場し、「今」を感じさせる作品でもあります。
ただ、何人か登場する女性について、あまり名前に触れられず全部「彼女」と言及されていることが多く、時系列がたびたび前後することもあって、この「彼女」はどの「彼女」なのかと多少混乱するという難点もありました。
よく読めば時代背景的な描写からどの「彼女」かは特定できるのですが、少々わかりにくいのは否めません。
そのことを除けば、全部スマホで書かれたとは思えないほどしっかりした描写力のある文章で、時代の移り変わりと切ない恋の記憶が短い中に凝縮された印象的な作品でした。
☆4つ。