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『山女日記』湊かなえ

山女日記 (幻冬舎文庫)

山女日記 (幻冬舎文庫)


こんなはずでなかった結婚。捨て去れない華やいだ過去。拭いきれない姉への劣等感。夫から切り出された別離。いつの間にか心が離れた恋人。…真面目に、正直に、懸命に生きてきた。なのに、なぜ?誰にも言えない思いを抱え、山を登る彼女たちは、やがて自分なりの小さな光を見いだしていく。新しい景色が背中を押してくれる、感動の連作長篇。

人生停滞中の女性が登山により新たな一歩を踏み出す力を得たり取り戻したりしていく連作短編集です。
先日読んだ北村薫さんの『八月の六日間』と雰囲気は似ていますが、北村さんの作品はひとりの主人公の物語であるのに対して、こちらはさまざまな女性が登場し、より多角的に女の人生と登山を絡めた話になっています。


8篇の短編それぞれに、年齢も立場も職業もバラバラの女性たちが登場するので、女性なら誰でも自分が共感できる登場人物をひとりは見つけられるのではないでしょうか。
結婚を控えた女性、婚活中の女性、いい年なのに親のすねをかじっている女性、夫との離婚危機に陥った女性、手痛い失恋をした女性――。
私は、翻訳の仕事と家業の農業を手伝いながら実家で父と二人暮らし中の女性の話が一番心に響きました。
この話の主人公の女性は、私とは似ている部分も、全く異なる部分もあるのですが、人見知りで積極性がないために友達がなかなか作れないというところは大いに共感できました。
登山の楽しさに目覚めて、それを趣味にしようと思っても、ひとりではなんだかさみしいし、かと言って登山中に他の登山客に声をかけて友達になるような勇気もない。
私は登山はしませんが、この気持ちはとても分かるなぁと思いました。
ひとりで楽しむ趣味もいろいろありますが、仲間がいた方が楽しみは増えると分かっていて、でも仲間の増やし方が分からない……そんな悩みを抱えている人は、女性に限らず少なくないのではないかと思います。
学生時代の友達だとか、職場の同僚だとか、そういった身近なところに同じ趣味を持つ人がいればいいですが、趣味だけでなく性格的な相性もよくて同じペースで一緒に楽しめる人となると、そうそう簡単には見つかりません。
そうなるとやはりインターネットやイベントなど、同好の士が集まる場所に仲間を求めに行くという行動力が必要ですね。
最初の一歩を踏み出すには勇気が要りますが、思い切って踏み出してみないと趣味だって十分には楽しめないんだなと改めて感じました。


思い切って踏み出すことが必要なのは、人生も同じです。
だからこそ、登山という趣味と人生を絡めて描く小説が成り立つのでしょう。
私は同じ立場にはいないけれど、結婚を控えて幸せ絶頂のはずがなんだか不安になって迷いが出てきてしまったり、夫から離婚を求められて戸惑ったりするその気持ちは、共感まではできなくとも理解は十分にできます。
きっと誰でも同じような立場に立てば、登場人物たちと同じような悩みを持つことになるのだろうと思えます。
そういう意味ではとても普遍的なことを描いた作品ですし、山に登って美しい景色を見たり心地よい疲れを感じたりすることによって気分を入れ替えるという筋書きはありがちなものだとも言えます。
でも、だからこそ登場人物と自分を重ねあわせながら読めるし、そういう小説の読みやすさは言うまでもありません。
山ガール」ブームに乗ったミーハーな側面があまりなく、舞台となる山がなんだか渋い場所ばかりなのも好感を持てました。
日本の山だけでなくニュージーランドの山も登場して、異国での冒険にワクワクするような気分も味わえ、登山の話ばかり8篇読んでも全然飽きることなく全ての物語を楽しく読むことができました。


本作はミステリではありませんし、毒気もあまりありません。
だからとても読みやすいのですが、『告白』などの嫌ミスが好きな人にはちょっと物足りないかもしれません。
どちらかというと女性向けではありますが、誰にでもおすすめしやすい、読み心地のよい作品でした。
☆4つ。


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