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『ビブリア古書堂の事件手帖III ~扉子と虚ろな夢~』三上延


春の霧雨が音もなく降り注ぐ北鎌倉。古書に纏わる特別な相談を請け負うビブリアに、新たな依頼人の姿があった。
ある古書店の跡取り息子の死により遺された約千冊の蔵書。高校生になる少年が相続するはずだった形見の本を、古書店の主でもある彼の祖父は、あろうことか全て売り払おうとしているという。
なぜ――不可解さを抱えながら、ビブリアも出店する即売会場で説得を試みる店主たち。そして、偶然依頼を耳にした店主の娘も、静かに謎へと近づいていく――。

古書ミステリの人気シリーズ「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズも第二期に入ってもう3冊目となりました。
栞子と結婚して今も変わらずビブリア古書堂で働く大輔、ふたりの間に生まれた娘で歳をとるごとに栞子に似てくる扉子。
今作では主人公が栞子や大輔から扉子に移った印象ですが、まったく別の新たな登場人物が語り手となる章もあり、第三者から見た篠川家の描写が新鮮に感じられる場面がありました。


今回は藤沢市のデパートで開催された古書市が舞台となっており、そのことにもまた新鮮味がありました。
このシリーズは大体ビブリア古書堂をはじめとする鎌倉市内の古書店や、ビブリア古書堂の客先が舞台になっていましたからね。
いくつかの古書店が商品を持ち寄って販売する古書市という催事にアルバイトとしてやってきたのは、扉子の高校の後輩にもあたる樋口恭一郎という少年でした。
恭一郎はビブリア古書堂とも付き合いのある古書店「虚貝堂」の店主の孫で、2か月前に父を病気で亡くしたばかり。
亡父から息子の恭一郎に相続されるはずだった蔵書1000冊を、祖父である虚貝堂店主はこの古書市で売り払って処分しようとしており、栞子は恭一郎の母親からそれを止めてほしいと依頼されます。
虚貝堂店主はなぜ恭一郎の父であり自分にとっては息子である男の蔵書の処分を急ごうとしているのか。
本作ではこの大きな謎を軸に、古書市の会場で起こったいくつかの小さな「事件」を扉子たちが解決していきます。


古書市のようなイベントがあちこちで開かれているのは知っていますが、行ったことはないのでどんなイベントなのかと興味津々でした。
古書店が商品として扱っているものはすべて古書市でも販売の対象となるので、本作で取り上げられている樋口一葉夢野久作といった文学作品の古書はもちろん、古いテレビゲームの設定集や映画のパンフレットなども置いているというのは古書業界蘊蓄の一端でしょうか。
文学作品のタイトルに混じってゲームや映画のタイトルが登場するのが意外性があって楽しいです。
最初の章の語り手である恭一郎も、古書店店主を祖父に持ちながら、家庭の事情でこれまで古書店や古書とは縁なく育ってきたため知識は乏しく、高校1年生という年齢も相まって初々しさが際立ちますが、古書店員や古書マニアばかり登場する本作の中ではちょっと浮いた存在かもしれません。
そんな恭一郎に、歳が近いこともあってあれこれ教えるのが同じ古書市にビブリア古書堂の一員として来ていた扉子です。
後輩に接している扉子は、なんだかこれまでよりもぐっと大人びて頼もしい雰囲気がありました。
それは恭一郎の視点で描かれているためかと思いましたが、実際に扉子は作中時間の流れとともに成長もしているのでしょう。
度を越した本の虫で、あまり他人とうまくコミュニケーションが取れないところのあった扉子ですが、この巻ではそういう自分の欠点を自覚して、改善しようと努力しているところが伝わってきます。
人間はそうそう変われるものではないともいいますが、扉子なりに苦手なことを克服しようと努め、栞子の指示に沿った行動をとっているところにも成長が感じられて、シリーズ読者としてはうれしくなりました。


謎解きの面では、終盤になって栞子の母である篠川智恵子が絡んできてからぐっと面白くなりました。
やはり智恵子はこのシリーズのキーマンなんだなと再認識させられます。
本好きで、知識の量も半端ないという面は読書好きとしては尊敬に値しますが、一方で人間的には底が知れないというか、冷淡なところもある人物です。
今回は以前からたびたびほのめかされてきた智恵子の「企み」の内容が、また意味深な形でチラ見せされています。
シリーズとして今後も智恵子に関する謎を追っていくことになりますが、そこに扉子がどうかかわってくるのかが今後のポイントになりそうです。
また、前作『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~』を読んだときに予感したとおり、謎解き役が栞子から扉子に少しずつバトンタッチされていっています。
今はまだ母の栞子にはかなわないと感じている扉子ですが、いずれは超越していくのかなと思うと、その将来性が楽しみというか、末恐ろしいというか……とにかく今後の読みどころになるであろうことは間違いありません。
恭一郎も今回だけのゲストではなく、今後も重要人物としてシリーズに登場することになりそうですね。
扉子との関係性の変化も読みどころとして期待できそうですし、今後の展開への期待がまた高まりました。
☆4つ。




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