tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『バイバイ、ブラックバード』伊坂幸太郎


星野一彦の最後の願いは何者かに“あのバス”で連れていかれる前に、五人の恋人たちに別れを告げること。そんな彼の見張り役は「常識」「愛想」「悩み」「色気」「上品」―これらの単語を黒く塗り潰したマイ辞書を持つ粗暴な大女、繭美。なんとも不思議な数週間を描く、おかしみに彩られた「グッド・バイ」ストーリー。特別収録:伊坂幸太郎ロングインタビュー。

伊坂幸太郎さんの作品は、どこか「変わっている」。
日常の続きでありながらそう簡単にはお目にかかりそうもないシチュエーションだとか、洒落の利いたせりふ回しだとか、なんだか不気味で変な登場人物だとか、他の作家がまねできない、強い個性にあふれた作品を書く作家さんだと思います。
そしてこの『バイバイ、ブラックバード』は、これまた伊坂さんにしか書けない、伊坂さんらしい作品だなぁという印象です。


主人公・星野一彦は、なんと5人の女性と同時に付き合っていました。
ところがのっぴきならない事情により、その全員とお別れしなければならないことに。
変なところでまじめで誠実な一彦は、5人の女性たちに別れの挨拶をしに行きます。
彼を監視している巨体のハーフ・繭美と共に。
繭美が言うには、借金を作ってしまった一彦は、その代償に"あのバス"でとても恐ろしいところへ連れて行かれることになっています。
"あのバス"とは一体何なのか、そして得体の知れない謎の場所へ連れ去られる予定の一彦の運命は…?


一彦と繭美のコンビがなんとも印象深いです。
一彦は五股もかけているという、それだけ聞くとどんなプレイボーイかという印象ですが、実際のところは肉食系でも不道徳な女たらしでもなく、ただ一緒にいて楽しい人と付き合っていたら最終的に5人になっていて、ひとりに絞れないという、どちらかというとヘタレ系の男です。
ちょっと変わったところはありますが、読んでいて全く不快感はなく、むしろ意外と「いい奴」なので、読んでいるうちに愛着が湧いてきます。
基本的に性格はいいんですよね。
ちょっとヘタレで鈍感なところはあるのですが、憎めないキャラクターです。
そんな一彦と対照的に、力強く乱暴で粗野で、身長190センチ・体重200キロという大女なのが繭美です。
顔の造作は意外と整っているらしいですが、とにかく口が悪いし意地が悪いし乱暴でがさつ。
いつも辞書を持ち歩いていて、自分の辞書に○○という言葉はないと言うために、いろんな言葉をサインペンで黒く塗りつぶして消すという、奇妙な習性も持っています。
一彦を"あのバス"に乗せる役として登場するので、最初は悪役という印象なのですが、これが不思議なことに、読み進めるうちにだんだん繭美のことも、そんなに悪い人間ではないのではないかという気がしてくるのです。
口は悪くても、言っていること自体は意外に的を射ている部分も多く、一彦や一彦の元恋人たちに協力するかのような言動もあります。
格闘も得意らしく、映画さながらのアクションシーンがあるのですが、その場面などは読んでいてスカッとするくらいでした。
なんとも不思議な魅力を持ったキャラクターです。


一彦が交際していた5人の女性もそれぞれ個性的で、どの人物のエピソードも面白かったです。
物語の構成としては、5人の女性に別れ話をしに行くという単純な型が5回繰り返されるのですが、繰り返されても飽きないのは、キャラクターの造形がしっかりしているからだろうなと思いました。
一彦が乗せられる"あのバス"の正体(?)については、最後まではっきりとした答えは描かれないままです。
自分だけが、他の人たちとは別れて、全く別の世界へ連れて行かれる―それは作中でも言及されているように、死のメタファーだという見方が一番しっくりきます。
でも、その見方は繭美がはっきりと否定するせりふがあるので、読者としては混乱しますが、繭美が100%真実だけを話しているという証拠もどこにもなく、結局はやっぱり死のメタファーかな?と、いろいろ想像をかきたてられるのが楽しかったです。
いよいよ"あのバス"に一彦が乗せられた最後の場面、結末は"あのバス"の正体と行き先同様はっきり示されず、いい方にも悪い方にも取れますが、どちらかというといい方の展開が頭に浮かびました。
それは、なんだかわけの分からない、恐ろしい場所に連れて行かれるという謎めいたシチュエーションでありながら、一彦以外の登場人物たちの言動にあまり悲壮感がなく緊迫感もないせいか、なんだか明るい感じで物語が進んでいたからなのだと思います。
"あのバス"が死のメタファーであるのだとすれば、死を悲劇としてではなく希望さえ感じられるものとして肯定的に描いていると捉えることもでき、また絶望的な状況にわずかに射し込む希望を描いているという点では『ゴールデンスランバー』にどこか似ているなと感じました。


ちなみに私、繭美のイメージとして、頭の中でマツコ・デラックスさんを思い浮かべながら読んでいました。
なんだかよく分からないけど、なんだか楽しい、面白い物語だったなという感想です。
☆4つ。