tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『死神の精度』伊坂幸太郎

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)


死神は雨とともに現れる──彼の7日間の調査で対象者の生死が決まる。様々なスタイルで語られる6人の人生。人気作家の傑作短篇集
(1)CDショップに入りびたり(2)苗字が町や市の名前であり(3)受け答えが微妙にずれていて(4)素手で他人に触ろうとしない──そんな人物が身近に現れたら、死神かもしれません。1週間の調査ののち、対象者の死に可否の判断をくだし、翌8日目に死は実行される。クールでどこか奇妙な死神・千葉が出会う6つの人生。

またまた映画化を控えての文庫化です。
この作品は単行本が出た時から気になっていたから、映画化のおかげで早めに文庫で読めてラッキーでした。


実はこの作品を読み始めてしばらくは「いまいちパンチが足りないなぁ。もうちょっとひねってくれた方が面白いのになぁ」なんて思っていたのですが、最後まで読んでみれば結局は「さすがは伊坂幸太郎さん」とうならされてしまいました。
主人公はなんと死神。
人間の姿で対象の人物の元に現れて、その人物と行動を共にし観察。
7日間その人物を調査した後、「可」か「見送り」かの判断を行い、「可」であれば(ほとんどの場合は「可」となる)翌日にその人物に死が訪れる。
…とこう書くとなんだかホラーのようですが、実際には全く恐さはありません。
登場人物は死神以外は死を目前に控えた人ばかりですが、病死や自殺は死神の範疇外なので、本人にはたいてい全く死の予感などなく、そのため悲壮感や重い雰囲気は全くありません。
むしろ逆にユーモアがあふれているような気がしますが、それは間違いなく主人公である死神のキャラクターのせいでしょう。
死神は人間の死を扱うけれど、人間に特別関心があるわけではなく、「俺には関係ない」が口癖。
でも音楽がジャンルを問わず大好きで、時間さえあればCDショップの視聴コーナーで音楽鑑賞。
人間に興味がないせいなのか、あまり人間のことをよく知ってはおらず、レトリックにも弱くて時々真顔でとんちんかんな受け答えをしてしまう。
そして、感傷的・感情的な部分はほとんどなく、基本的にクール。
この性格のためかストーリーも比較的淡々と進む感じで、それで私は最初のうち「パンチが足りない」などと思ってしまったのだと思いますが、読み進むうちにじわじわとおかしさが広がってきて、死神にも少しずつ親しみが沸いてきて、だんだん面白みが出てきます。
人間に興味がないと言っているわりにはけっこう冷静に人間を観察していたり、妙に人間臭いところもあったりして、クールだけれど冷酷なわけでもない死神は、「死神」という言葉に付きまとう暗黒のイメージとは裏腹に、なかなか「いいヤツ」なのです。
人生の最後に出会うのがこの死神なら、それも悪くないかも…と思わず思ってしまいます。


そんな死神が出会う6人の物語にはどれも多かれ少なかれいくつかの謎が散りばめられていて、ミステリとしてもなかなかの出来です。
特に「吹雪に死神」という話はいわゆる「吹雪の山荘」もの。
なるほど、伊坂さんが本格ミステリの定番ネタを料理するとこうなるのか…と楽しんで読みました。
わずか60ページほどの短編ですが、本格ミステリの雰囲気もきちんと出せており、なかなかの秀作です。
そして一番最後の話「死神対老女」も、意外なところから現れてきた「ある事実」に感嘆させられました。
ラストシーンのすがすがしさも印象的で、連作ミステリ短編集としてとてもうまく、きれいにまとまっていたと思います。
☆4つ。