tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『アンと青春』坂木司

アンと青春 (光文社文庫)

アンと青春 (光文社文庫)


アンちゃんがデパ地下の和菓子店「みつ屋」で働き始めて八ヶ月。販売の仕事には慣れてきたけど、和菓子についてはまだまだ知らないことばかりだ。でも、だからこそ学べることもたくさんある。みつ屋の個性的な仲間に囲まれながら、つまずいたり悩んだりの成長の日々は続きます。今回もふんだんのあんことたっぷりの謎をご用意。待ちに待ったシリーズ第二弾!

和菓子屋を舞台に「日常の謎」を解く連作短編集『和菓子のアン』の続編です。
日常系ミステリ大好き、連作短編集大好き、和菓子大好き、という私にとっては3つの大好物が揃ったこのシリーズ、読まないという選択肢はありえません。
待望の2作目でほんの少し成長した主人公のアンちゃんと再会できて、とてもうれしかったです。


ぽっちゃり体型で食べること大好きなアンちゃんをはじめとして、仕事のできる美人店長・椿さん、和菓子職人志望の乙女なイケメン・立花さん、元ヤンキーのアルバイト女子大生・桜井さんと、和菓子屋「みつ屋」で働く面々が前作から引き続き登場します。
個性的ではあるものの、みんないい人ばかりで、職場に恵まれているアンちゃんがうらやましくなります。
けれども、もちろん働くというのは大変なこと。
それも接客業であれば、意地悪なお客さんに遭遇することもあります。
アンちゃんも時に心を停止させてロボットのようにならざるを得ない日もありますが、共に働く上司や仲間がしっかりサポートしてくれるおかげで、どんどん成長していっているなと感じました。
和菓子に関する知識も、自ら積極的に学ぼうとしているようです。
といってもアンちゃんはアルバイト店員。
アルバイトがそこまで頑張らなくてもいい、という考え方もあるでしょう。
ですがアンちゃんはアルバイトながら職業意識が芽生え始め、自分の仕事に対するプライドや熱意も抱き始めた様子で、頼もしい限りです。
今はまだ、自分と仕事とのかかわり方に自信が持てず、自分がどうなっていきたいのかもよく分からず、あれこれ思い悩んでいますが、頼りになる職場の人たちとさまざまなお客さんたちに励まされ、鍛えられて、いつかきっと自分が進むべき道を見出していくのでしょう。


そんな成長が感じられる一方で、まだまだ自分に自信が持てないアンちゃんのマイナス思考が時々顔を出すのには、読んでいて非常にもどかしい思いがしました。
アンちゃん、そんなに悪くないと思うけどなぁ。
少なくとも本人が思っているほどは。
ちゃんと真面目に仕事してるし、失敗して叱られた時もそれを素直に受け止めているし、明るく物怖じしない性格は接客業向きだと思います。
みつ屋は椿店長も立花さんも桜井さんも「出来る人」なので、どうしても彼らと比べて自分は劣っていると思ってしまうのかもしれませんが、若くてバイト歴も短いアンちゃんは、まだまだこれから。
気にすることはないよ――と思うのですが、確かに自分を客観的に見るというのはなかなか難しいことなのかもしれませんね。
特に若いうちは。
また本作では、アンちゃんの鈍感さにももどかしい思いをさせられることになりました。
アンちゃん、自分のすぐそばに近づいてきている「春」に早く気付いて!
――この辺りの今後の展開も気になるところです。


もちろん今作も和菓子に関するマニアックすぎない薀蓄がたっぷりで、勉強になりました。
和菓子は目でも楽しめるし、もちろん食べてもおいしいし、日本の歴史と文化を学ぶきっかけにもなるところがいいなと、改めて思いました。
作中で立花さんが「日本らしさ」とは何かについて彼の考えを語っていますが、その考え方にも共感できました。
日本人だからこそ、日本のことをもっと知りたい。
そんな欲求を満たしてくれるこのシリーズがこれからも続いてくれることを、和菓子好きのひとりとして願っています。
☆4つ。


●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『十二人の死にたい子どもたち』冲方丁


廃病院に集まった十二人の少年少女。彼らの目的は「安楽死」をすること。決を取り、全員一致で、それは実行されるはずだった。だが、病院のベッドには“十三人目”の少年の死体が。彼は何者で、なぜここにいるのか?「実行」を阻む問題に、十二人は議論を重ねていく。互いの思いの交錯する中で出された結論とは。

冲方丁さんはSFや時代小説のイメージが強いので、現代ミステリの本作は異色作と言えるのかもしれませんね。
密室に近い状態の廃病院が舞台なので、本格ミステリなのかと思いきや、どちらかというと心理サスペンスといった方が近い内容でした。
コミカライズに続き、来年1月には実写映画が公開と、メディアミックス展開されているのも納得の、力作エンタテインメントです。


12人の子どもたちが集まった場所は、廃業した病院。
彼らが集まった目的は、集団自殺をすることでした。
ところが、彼らが死ぬために集った部屋では、「先客」がベッドに横たわっていました。
その人物が誰で、なぜここにいるのかが分からない状態では、集団自殺を実行することはできないと主張する少年が12人の中から現れ、彼らは自分たちがどうすべきか議論していきます。
ページ数の大部分が議論の場面に割かれていますが、それがまったく飽きない、むしろとても面白いのだから、すごいなと感心しました。
12人の子どもたちそれぞれの性格や考え方や心理状態が、議論の中でどんどん浮かび上がってきて、基本的にはずっと話し合っているだけにもかかわらず、心地よいスピード感があるのです。
12人というと小説のメインの登場人物の数としてはちょっと多いかなという気がしますが、確かに最初のうちこそ人物の名前と発言が一致せず混乱しかけたものの、それぞれの個性がはっきりしているのですぐに慣れて、全員の言動をしっかり追うことができるようになりました。
その議論の中で、12人が廃病院にやってきてからの行動が時系列で整理されていき、矛盾点が指摘されて、嘘をついているのは誰で、事実はどうだったのか、といったような事柄が、丁寧かつ論理的に解き明かされていく過程は圧巻です。
情報量が多いのでメモを取らずに一読ですべての謎解きを理解するのは大変ですが、読者も十分推理に参加できる内容だと思います。
ロジックがしっかりしていてフェアであるという点で、この作品は正統派のミステリだと思いました。


タイトルが非常に物騒というか、不穏な雰囲気ですが、実際のところはユーモアのある部分もあり、思ったほど暗くもなく、怖くもない物語です。
とはいえ、議論の中で少しずつ明かされていく、子どもたちが死にたい理由には胸を衝かれました。
中には理解しがたい、わけの分からない理由を語る子どももいますが、大半はいじめや病気、家庭の問題など、自殺の理由としてよく挙がるものばかりです。
10代の少年少女といえば、自分自身のその頃を振り返ってみても、本来は人生の中で一番楽しい時期といえるのではないかと思います。
それなのに「死にたい」というのは余程のことで、ひとりひとりが抱える苦しみや悩みの重さに、胸が押しつぶされそうでした。
12人の言動には青臭さや未熟さが端々に見られて、だからこそ信頼できる大人からの助けが彼らには必要なのに、一体この子たちの周りの大人たちは何をやってるの、と憤りさえ沸いてきますが、こんなふうに周りに助けを求めることもできず苦しんでいる子どもたちがたくさんいるというのが現実なんだろうと考えて、つらくなります。
だからこそ、結末にはちょっと救われたような気持ちになりました。
「死にたい」という子どもたちも、何かのきっかけがあれば、きっと生きていける。
そう思えました。


読み始める前に予想していた物語とはかなり違っていましたが、とても面白く読めました。
ミステリとしてはもちろん、青春小説として読んでも読み応えのある作品だと思います。
☆4つ。

『アンソロジー 捨てる』アミの会 (仮)

アンソロジー 捨てる (文春文庫)

アンソロジー 捨てる (文春文庫)


連作ではなく、単発でしか描けない世界がある―9人の人気女性作家が、それぞれの持ち味を存分に発揮し、今大変注目を集めている「捨てる」をテーマに豪華競作!女性作家ならではの視点で、人の心の襞をすくいとり丁寧に紡がれた9篇は、いずれも傑作ぞろい。さまざまな女たちの想いが交錯する珠玉の短編小説アンソロジー。収録作「ババ抜き」日本推理作家協会賞受賞!

女性作家が集まって結成された「アミの会 (仮)」のメンバー9名による、「捨てる」をテーマにしたアンソロジーです。
メンバーは実力派ぞろいなので、読む前から安心感がありました。
よく名前を聞いていて、気になっていながら読めていなかった作家さんの作品にも、アンソロジーだと気軽に出会えていいですね。
ミステリ系の作家さんが多いので収録作品は多少ミステリ寄りという感じはしましたが、ミステリばかりということもなく、さまざまなテイストの物語が楽しめました。
それでは9作品それぞれの感想を。


「箱の中身は」 大崎梢
母親に「捨ててきなさい」と言われた女の子が大事に抱える箱の中身。
その中身に対する女の子の思いがいじらしくて、胸がきゅっとしました。
そっと捨てられ、いや隠されたその宝物を預かる主人公の、子どもへのまなざしのあたたかさに、心がほっこりする物語でした。


「蜜腺」 松村比呂美
これはなかなか背筋がぞくりとする話ですね。
主人公の女性の姑も、職場の同僚も、主人公に対してひどい仕打ちで、同情せずにはいられません。
主人公が取る行動も、その心情は察するに余りあるものがあるのですが、かわいそうという気持ちと、ちょっと怖いという気持ちとが混じり合った、複雑な読後感を味わいました。


「捨ててもらっていいですか?」 福田和代
誰もが他人事とは思えないであろう、近しい親族の遺品整理を題材にした物語です。
祖父の死後、遺された家の片づけをしていたら、とんでもないものが出てきてしまうという展開で、どうなることかとハラハラしました。
主人公の恋人がなかなかいい味を出していてよかったです。


「forget me not」 篠田真由美
これも遺品整理をしていたら出てきた謎の物体を骨董品店に持ち込む、という話です。
きちんと片づけられてはいても、物が多ければ何が出てくるかわからないという点で、遺品整理は勇気や胆力が必要な作業ですね。
ラストの骨董品店の女主人の言葉が非常に印象的でした。


「四つの掌編」 光原百合
ショートショートが4作も楽しめてお得感が強い作品です。
しかもホラーやファンタジーなど、それぞれ読み心地が違って、作者の引き出しの多さがうかがえました。
4つの掌編のうち、私はオスカー・ワイルドの「幸福な王子」を下敷きにした作品「ツバメたち」が一番好きです。


「お守り」 新津きよみ
祖母のお手製のお守りをずっと大事に持ち続けてきた女性が、そのお守りを捨てるという決断をする話。
こういうものは捨てにくい気持ちがよく分かるので、共感しながら読み進めていったら、終盤は思わぬ急展開になって驚きました。
主人公が祖母を思う気持ち、祖母が主人公を思う気持ち、その両方が胸を打ちます。


「ババ抜き」 永嶋恵美
日本推理作家協会賞を受賞した作品というだけあって、同じ会社に勤める3人の女性たちがトランプゲームに興じるうちに、思わぬ事実が次々に明らかになっていく展開が非常に面白かったです。
同じ職場に長く勤めていたら、いろいろ社内事情に詳しくなって、誰しも「秘密」を胸に抱えているもので、その点はそうだよねーと共感できたのですが……それにしても怖い話でした。


「幸せのお手本」 近藤史恵
優しい男性と結婚して、仕事も家事も頑張っている女性の幸福を描いた話かと思いきや、そんな甘いものではありませんでした。
主人公が理想の夫婦像だと思ってきた祖父母の関係の真実が、なんとも悲しい。
主人公自身の無自覚な無神経さの描き方も、うまいなぁと思いました。


「花子さんと、捨てられた白い花の冒険」 柴田よしき
近所の男性が捨てようとしていた白い花のついたパンジーをもらって帰った主人公の花子さん。
普通の主婦が、そんなちょっとした出来事から思わぬ事件に巻き込まれます。
主人公夫婦がなかなかいいコンビネーションで、素敵な夫婦関係だなぁとほっこりしました。


全体的に、人間の恐ろしい一面を描いた作品が多かったなという印象です。
アンソロジーというと密室ミステリだとか動物だとか「もの」や「モチーフ」がテーマになっていることが多い気がしますが、「捨てる」という「行為」をテーマにしているのも新鮮な感じがしました。
短編ならではの面白さも存分に味わえて、満足です。
☆4つ。