tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『3月のライオン (16)』羽海野チカ


12月。
年末に向けて、冬が本気を出して来る季節。クリスマス。そして年越し。
川本家で過ごす3年目のお正月は、ジグソーパズルを皆で囲んで。
時に惑いながらも、あたたかな幸せをかみしめてゆく。
零と三姉妹の日々はゆっくりと、着実に進んでゆく。
一緒に、考えよう。一緒に歩いて行こう。
一方、白熱する獅子王戦・決勝トーナメント。
零、二海堂、重田…互いに高め合い、切磋琢磨を繰り返して来た島田研の弟分たちが、盤上で熱い火花を散らす。
見据える先は、師との公式戦という舞台。
長い時間を共に歩んで来た同士が、その日々に見つけた答えとは――。

15巻は2019年12月の刊行だったので、コロナ禍前だったのですね。
世の中は一変し、羽海野さんの執筆環境もかなり変わってしまったようですが、作品の中では変わらない時間が流れていることにホッとさせられます。
そんな16巻は幸せムード満点でほっこりあたたかくて、でもちょっと切ない。
ハチクロ』は片想いがテーマのラブコメで、その切なさに胸がキュッとなったものですが、両想いだからこその切なさがこの巻では描かれていました。
付き合い出したらすべてがうまくいくなんてそんなことはなくて、両想いならではの悩みも出てきてしまいます。
零に会いたいけれど、将棋の勉強の邪魔をしてしまったら……と心配になってしまうひなちゃんが可愛くていじらしくて、零くん、ひなちゃんを泣かせたら私が許さん!と思わず親戚のおばさん化してしまいました。
恋愛に関してはのんびりしていそうなふたりだけに、ちゃんと進展しているのが確認できてホッとして、そのホッとしたことに対してうれしくなるという、こんな感情はこの作品ならではの味わいです。
零が川本家を出てひとりで帰っていく場面も、これまではその背中が少しさみしそうでしたが、この巻では同じ背中にひとりじゃないという心強さが感じられ、こちらまでなんだか強くなったような気がしてきます。


ブコメエピソードの間に挟まれる、棋士たちのエピソードや、川本家の年中行事のエピソードなども、16巻では基本的にずっとほっこりする雰囲気で描かれています。
宗谷名人の少年のような一面はかわいいなと思ったし、二海堂の負けず嫌いっぷりや棋士仲間の中では誰よりも零のことを理解しているんだろうなということが伝わってくるラストのコマも、二海堂の魅力たっぷりで最高です。
川本家の年末年始のジグソーパズルのエピソードには、私自身の子どもの頃の思い出が重なって、とても懐かしく優しい気持ちになりました。
登場する食べ物が相変わらずおいしそうで、お菓子を皿に盛った時にチョコレートにポテチの塩がちょっとつくのがおいしいとかそういう細かいところへの共感度がこの作品は本当に高いですね。
日々のおかずに関しては節約がうまいイメージの川本家ですが、お菓子に関してだけはやたらエンゲル係数が高そうなのも、なんだか若い女の子の家という感じで微笑ましく楽しいです。
棋士たちの世界はちょっと常人離れしていますが、一方の川本家の庶民的でやたら居心地がよさそうな、昭和感漂う風景は、これはもはや「実家」。
だから、ひなちゃんの恋愛に対して親戚のおばさん化してしまうように、卒業したらおじいちゃんの和菓子屋で働きたいという彼女の進路希望に「ちょっと遠回りして大学で経営学とか学んでみるのも悪くないかもよ?」とか余計な口出しをしたくなってしまうのも、これはもう仕方ないことなのです。
だって「実家」なんだから。
17巻でもきっといろんなことが起こるだろうし、17巻が出るまでの間にこの世界がどう変わっていくかわからないけれど、またこの「実家」に帰ってこれるなら、それだけでもう胸いっぱい、お腹いっぱいになれそうです。



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