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本の感想、ときどきライブレポ。

『悲嘆の門』宮部みゆき

悲嘆の門(上) (新潮文庫)

悲嘆の門(上) (新潮文庫)

悲嘆の門(中) (新潮文庫)

悲嘆の門(中) (新潮文庫)

悲嘆の門(下) (新潮文庫)

悲嘆の門(下) (新潮文庫)


インターネット上に溢れる情報の中で、法律に抵触するものや犯罪に結びつくものを監視し、調査するサイバー・パトロール会社「クマー」。大学一年生の三島孝太郎は、先輩の真岐に誘われ、五カ月前からアルバイトを始めたが、ある日、全国で起きる不可解な殺人事件の監視チームに入るよう命じられる。その矢先、同僚の大学生が行方不明になり……。〈言葉〉と〈物語〉の根源を問う、圧倒的大作長編。

『英雄の書』の続編とまではいきませんが、姉妹編くらいでしょうか。
ファンタジーと現実とを結びつけた物語だという点は『英雄の書』と同じですが、本作は現実のパートの方が印象が強く、ファンタジー色は薄まっているように感じました。
ただ、『英雄の書』と同じ世界観や設定、また一部の登場人物を共有しているので、できれば先に『英雄の書』を読んでおいた方が、本作の物語の中にすんなり入っていけるかと思います。


主人公の大学生・孝太郎は、インターネット上の膨大な書きこみを監視する企業でアルバイトをしています。
SNSや掲示板など、さまざまなサイトにたくさんの人が書きこむ投稿の中には、犯罪につながるものや違法なものなど、問題をはらんだ内容も少なくないことは、インターネットを日常的に使用するようになった現代人の大部分が知っていることでしょう。
犯罪とまではいかなくても、誰かを貶めるような投稿やヘイトスピーチ、デマなどもネット上にはいまや大量にあふれています。
残念ながらというべきか、非常に身近で現代的なテーマで、とても興味をひかれました。
宮部さんが描き出していくネット社会の功罪には共感できるところが多々あり、日ごろ私が感じていることを宮部さんが小説という形で言語化してくれたように感じてうれしくなりました。
インターネットは、美しい言葉も、汚い言葉も、優しい言葉も、厳しい言葉も、とにかくありとあらゆる言葉で構成されています。
それらの言葉が、たとえ投稿者の本心からの言葉ではなかったとしても、それを発した人間には、その言葉が積もっていき、いずれ自分が発した言葉の集積に支配されていく。
言葉は物語となり、物語が社会を動かしていく。
そんな考え方が、「言葉」と「物語」がキーとなる本書のファンタジーパートにも結びついていくのですが、私の考え方にもとても近く、すんなりと腹落ちしました。


孝太郎はあまり積極的にネット上に書き込みをするタイプではないようですが、アルバイトでたくさんの投稿を見るうちに、毒された面もあったのでしょうか。
ネットだけではなく既存のマスコミも巻き込んだ大騒動になったある連続殺人事件を追い、自分自身もその事件に無関係ではなくなるに至って、自分の手で犯罪者を断罪したいと望み、ついに異世界の異形の存在の力を借りることになります。
犯罪者を許せないと思うこと自体は間違ったことではありませんが、孝太郎は自ら犯罪者を裁きたいと思い、それを実行に移してしまったのです。
若者らしい正義感の強さではありますが、その正義感を暴走させていく過程は、読んでいて非常につらいものがありました。
自分は正しいという思いこみも、サイバーパトロール企業でのバイト経験から得た万能感 (何年も経験を積んだ社会人には到底敵わないにもかかわらず) も、比較的優秀な若者にありがちな青さの表れで、いい年の大人になった私には痛々しく見えますが、それでもきっと誰もが多かれ少なかれ同じような青い時期を経験してきたのではないでしょうか。
だからこそ、読んでいると自分の胸がきりきりと痛むような気がしてくるのです。
孝太郎をただの馬鹿で愚かな若造だと切り捨てることができないから。
それでも、孝太郎には心配してくれて、叱ったり窘めたりしてくれる人がたくさんいました。
ネット上の無数の匿名の人々の言葉ではなく、現実の生活の中で出会った人たちの言葉によって孝太郎は救われるのです。
そのことに心底ほっとするとともに、私も直接出会う人々の言葉をより大切にして生きていきたいと思いました。


ストーリー展開にあまり甘さがなくて、さすが宮部さん相変わらず容赦がないなと思いましたが、救いのある結末で読後感はよかったです。
「ネット社会ではいずれテレビはなくなるという予測は外れるだろう」といったようななるほどと膝を打つような話や、「日常生活がつまらなく感じられるのは、周りの人をバカだと見下しているからだ」のようなドキリとさせられる話もあって、現代社会とそこに生きる人々への警鐘という印象が強い物語でした。
☆4つ。


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