tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『リバース』湊かなえ

リバース (講談社文庫)

リバース (講談社文庫)


深瀬和久は平凡なサラリーマン。自宅の近所にある“クローバー・コーヒー”に通うことが唯一の楽しみだ。そんな穏やかな生活が、越智美穂子との出会いにより華やぎ始める。ある日、彼女のもとへ『深瀬和久は人殺しだ』と書かれた告発文が届く。深瀬は懊悩する。遂にあのことを打ち明ける時がきたのか―と。

イヤミスの女王」と呼ばれるほどになった湊かなえさん。
最近はノンミステリ作品も発表されていますが、本作はどっぷりと湊かなえワールドに浸れるミステリです。


コーヒー好きのサラリーマン・深瀬は、行きつけのコーヒーショップで出会った女性・美穂子と付き合い始めますが、3か月が経った頃に美穂子のもとに怪文書が届きます。
それをきっかけに深瀬は、大学生の頃に起こった親友・広沢の交通事故について美穂子に告白します。
その事故に関わっていた仲間にも同じような怪文書が届いており、さらには駅でホームから突き落とされる被害に遭った仲間もいると知った深瀬は、広沢の故郷へ向かい、自分の知らない広沢のことを調べ始めます。
その過程で明らかになった意外な事実、というのがこの作品のミステリ部分の肝かな、と思いきや、さらにその先、最後の最後に明らかになる真相こそが、作者の目指した本当の着地点でした。
いわゆる「フィニッシング・ストローク (最後の一撃)」と言っていいかと思います。
うわあ、なるほど、この結末、この一文で終わらせるのか、と感嘆させられました。
丁寧に伏線を重ねてきたからこそ成立するフィニッシング・ストロークですが、これは伏線っぽいなというのが比較的わかりやすかったためか、まさかそんなところから真相が!といったような強い衝撃はありませんでした。
ただ、この最後の一文は非常に効果的でうまいですね。
その一文のおかげで、物語の続きが非常に気になるのです。
広沢の交通事故に関する真相を知った深瀬は、この後どうするのだろう。
大学時代の友人たちや美穂子と、今まで通りに付き合っていけるのか。
抱えてしまった秘密を、ひとりで背負っていくのか、それとも誰かに告白するのか。
想像が無限に広がります。


だからなのか、イヤミスといっても私は結末自体にはそれほど不快感は感じませんでした。
嫌な気持ちになるより、これからどうなるのかという興味の方が勝りました。
むしろ、主人公・深瀬の性格や心理描写の方が不快に感じたくらいです。
深瀬は地味で冴えない、今風に言うとスクールカーストで下位に属するタイプの人物です。
本人にもその自覚はあり、そのせいなのかとにかく卑屈な考え方が目立ちます。
確かに人から好かれるタイプではないだろうなとは思いましたが、ちゃんと長所もありますし、人間的に決して悪いわけではなく、優れているわけでもありませんが「普通の人」と言っていいと思います。
そんなに委縮したり卑屈になったりする必要は全くないのに、なぜここまで卑屈なものの考え方をするのか、というところが非常に気になりました。
そんな「イケてない」主人公に彼女ができて幸せをつかみかけたと思ったところに、何者かの悪意が見えて辛い過去に向き合わされて、最後にとんでもない真相に気付かされるという、その展開こそがイヤミスなのかもしれません。
主人公に対する容赦のなさ。
それが本作で湊さんが見せた「イヤミスの女王」らしさなのかなと思いました。


ミステリと関係ないところでは、コーヒーに関する描写がとても魅力的で、思わずコーヒーを飲みたくなる場面がいくつもありました。
湊さんは以前、朝日新聞の「作家の口福」というリレーエッセイで、現在住んでおられる淡路島の食べ物の数々を紹介されていたのですが、それもまたとてもおいしそうで淡路島グルメに強く惹かれたものでした。
どうやら食に関する描写がうまいようなので、ぜひグルメミステリにも挑戦していただきたいものです。
グルメなイヤミス……うーん、ちょっと満腹感がありすぎるかな、という気がしないでもないですが。
☆4つ。
連続ドラマも始まりますが、原作にはない雪山でのシーンがあるようなので、展開は小説とは異なるのでしょうか。
深瀬役が藤原竜也さんということで、どんなドラマになるのかこちらも気になるところです。

4月の注目文庫化情報


新年度が始まった途端、仕事が忙しくなってきました。
まぁこの時期は年度末に引き続き慌ただしい季節ですよね。


そんな中、4月の文庫新刊はなかなかバラエティに富んだラインナップでうきうきしています。
まず『有頂天家族』は1作目が面白かったので続編も絶対に読まなくちゃ。
坂木さんの「ホリデー」シリーズも大好きです。
そして何と言っても毎年4月のお楽しみ「東京バンドワゴン」シリーズ!
さらに話題作「きみすい」が早くも文庫化なんですね。
ゴールデンウィークに向けて (気が早い?) 面白い本をたくさん仕入れないと。
書店に行くのが楽しい1か月になりそうです。

『絶叫』葉真中顕

絶叫 (光文社文庫)

絶叫 (光文社文庫)


マンションで孤独死体となって発見された女性の名は、鈴木陽子。刑事の綾乃は彼女の足跡を追うほどにその壮絶な半生を知る。平凡な人生を送るはずが、無縁社会ブラック企業、そしてより深い闇の世界へ…。辿り着いた先に待ち受ける予測不能の真実とは!?ミステリー、社会派サスペンス、エンタテインメント。小説の魅力を存分に注ぎ込み、さらなる高みに到達した衝撃作!

デビュー作『ロスト・ケア』が話題を呼んだ葉真中顕さんの2作目です。
非常に分厚い本ですが、先が気になって一気に読ませるリーダビリティの高さは前作と同じ。
まだ新人作家なのに安定したクオリティの作品を連続して出せるというのはすごいなと思いました。


都下の防音に優れたマンションで凄惨な孤独死体となって発見された女性、鈴木陽子の生涯をたどる物語です。
「鈴木陽子」という名前も平凡ですが、中身も平凡な女性。
主人公としては地味な感じですが、読み進めるにつれその壮絶な転落人生は決して平凡なものではなかったと、ある意味ショックを受けることになります。
毒親、弟の交通事故死、父の失踪、不妊、夫の浮気、離婚、ブラック企業、自爆営業、不倫、売春――。
これでもかというように陽子の身に降りかかってくる不幸の数々にめまいがしながらも、この人は一体どうなってしまうのだと気になってページを繰る手を止められないのです。
ひとつひとつを見れば、女性なら誰でもひとつくらいは経験しているか、あるいは身近に経験した人がいるだろうと思えるような「よくある不幸」ですが、それらを全部一身に背負ってしまった陽子の不幸ぶりには、胸が痛くなるというよりもただただ呆然とさせられました。
あれもこれもとちょっと詰め込みすぎな感も否めませんが、これだけの壮絶な人生を送っていれば、確かにこの結末にたどり着かざるを得ないかもしれないという妙な説得力がありました。


前作『ロスト・ケア』で介護問題について考えさせられたように、本作でも現代の日本が抱えている問題について大いに考えさせられます。
本作の文中に登場するキーワードの中で、最も印象に残ったのは「自己責任」でした。
陽子の転落人生を読んでいると、どうしてこうなってしまったんだろう、どこかで歯止めをかけ、浮上する道はなかったのかと思います。
同じことを、陽子自身も自分に問いかけるのですが、答えは見つかりません。
陽子の人生は別に誰かに強制されたものではなく、自ら選んできたとも言えるのですが、かと言ってこの転落人生を選ばずに済む道はなかったのかというと、考え込んでしまいます。
陽子は1970年代前半の生まれ、女性の社会進出が徐々に進んできてはいたものの、まだ十分ではなく、「女性に学歴や職業スキルは必要ない」と言われることもままある時代でした。
そのため陽子も特に専門的な知識や技能を身につけることもないまま、短大卒業後OLになるというごく普通の進路を歩みます。
けれども結婚に失敗し、ひとりで生きていかねばならないだけでなく、困窮した母に仕送りをしなければならなくなった、という苦境に陥ったことが、陽子の転落を加速させていきます。
果たしてこれは陽子の「自己責任」だけで片付けられることなのか。
特別なスキルや職歴を持たない女性が誰かを養えるほどのお金を稼ごうと思ったら、選択肢はおのずと限られてきます。
そして、母親と言っても自分を愛してなどくれなかった親を、子が養う義務は本当にあるのでしょうか。
生活保護のような福祉制度が、子だくさんで支え手の多かった旧来の家族制度を基本としていることも、現代にはそぐわなくなってきているのではないかと思えます。
陽子の人生とともに、バブルとその崩壊、阪神淡路大震災地下鉄サリン事件911テロ、リーマンショック東日本大震災と、その時々の日本と世界の大きな出来事が語られますが、これほどの激動の時代において人の価値観や考え方も変わっていっているのに、その変化に社会制度がついていけていない部分があって、陽子のような転落していってしまう人が出てくる一因になっているのではないかと思いました。


ミステリとしても、ラストにちょっとした驚きが仕込まれており、陽子の人生が語られているパートがなぜ二人称で書かれているのかという謎が解け、すっきりする気持ちも味わえました。
救いのなさで読後感は決してよいものではありませんが、読み応えのある、濃密な読書が楽しめる作品でした。
☆4つ。



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