tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『カササギ殺人事件』アンソニー・ホロヴィッツ / 山田蘭・訳

カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)


1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけたのか、あるいは…。その死は、小さな村の人間関係に少しずつひびを入れていく。余命わずかな名探偵アティカス・ピュントの推理は―。アガサ・クリスティへの愛に満ちた完璧なるオマージュ・ミステリ!

もはや何年振りかもわからないほど、かなり久しぶりに翻訳ミステリを読みました。
昨年末のミステリランキングを全制覇したというニュースを見て気になっていたところに、アガサ・クリスティへのオマージュが散りばめられているということを知って、これは読んでみたい、と思ったのです。
翻訳ものはどうも文体が合わないことが多くて苦手という意識がありましたが、本作はかなり読みやすいこなれた訳文で、最初のうちこそ物語の舞台や登場人物の背景などを把握するために時間をかけて読んでいたものの、後半、下巻に入ってからは一気読みでした。


謎解きを主眼にした本格ミステリなので、あまり内容に触れるわけにはいかないのですが、タイトルの「カササギ殺人事件」というのは、本作に登場するアラン・コンウェイという作家が書いたミステリの題名です。
つまり、アンソニーホロヴィッツという実在の作家が書いた『カササギ殺人事件』という作品の中に、アラン・コンウェイという創作上の人物による「カササギ殺人事件」という作品がすっぽり入りこんでいるという、作中作の形式になっているわけです。
この作中作がなかなか凝っていて、扉ページも、作者紹介も、シリーズ紹介も、新聞や雑誌などに掲載された「絶賛の声」も、登場人物リストも、しっかり用意されています。
こういう凝ったことをやる作品が面白くないわけないだろうと、もうこの時点で思いました。
特に海外作品にはおなじみの「絶賛の声」なんかは、海外ものを読んでいるという実感を大いに高めてくれて、ワクワクしました。
そうしてしばらくはこの作中作のアラン・コンウェイ作「カササギ殺人事件」を読み進めていくことになるのですが、上巻のラストの一文に「えっ」となり、慌ててすぐに下巻を読み始めてすぐ「えええええっ」と驚愕でのけぞることになりました。
これはもちろん作者のアンソニーホロヴィッツの仕掛けがうまいということなのですが、上巻と下巻に分けたのは日本語版オリジナルなので、うまいところで分けたものだと感心せざるを得ません。
作者と日本語版編集者による合わせ技で一本取られた感じでした。


内容に触れるのはこれが限界でしょうか。
気になる人はとにかく読んでみてとしかいいようがないのですが、怪しすぎる容疑者たち、イギリスの片田舎の描写、そしてもちろんクリスティへのオマージュ、どれをとっても面白かったです。
謎解きはフーダニットが中心で、それほど複雑でもなくシンプルでわかりやすいのもよかったと思います。
実際、作中に使われている仕掛けは目新しいものは少なく、ほとんどはミステリに定番のものばかりです。
悪く言えば「古くさい」のかもしれませんが、昔ながらの本格ミステリがやはり一番面白いなと、再確認した思いでした。
作中作という形式の性質上、この一作で二作分のミステリを読んだ気分が味わえるのも、満足度が非常に高いです。
さらに、日本語訳もかなり工夫されているなと感心します。
謎解きに関わる部分なので詳しく書けませんが、ここは翻訳に苦労されただろうなと感じられる箇所がいくつかありました。
それらが不自然でなく、しっかり謎解きに沿った日本語に変換されていることに、翻訳者のプロの技を感じました。


ちょうど下巻を読んでいる途中で、朝日新聞の読書面に杉江松恋さんによる本作の紹介が掲載されたのですが、「これで驚かなければ何で驚けばいいのか。これがおもしろくなければ何がおもしろいのか」と書かれていました。
読み終わった今、まさにそのとおり!と大きく首を縦に振りたい気持ちです。
たまには翻訳ミステリもよいものですね。
読んでよかったです。
☆5つ。