tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『その裁きは死』アンソニー・ホロヴィッツ / 山田蘭 (訳)


実直さが評判の弁護士が殺害された。裁判の相手方が口走った脅しに似た方法で。現場の壁にはペンキで乱暴に描かれた謎の数字“182”。被害者が殺される直前に残した奇妙な言葉。わたし、アンソニーホロヴィッツは、元刑事の探偵ホーソーンによって、奇妙な事件の捜査に引きずりこまれて―。絶賛を博した『メインテーマは殺人』に続く、驚嘆確実、完全無比の犯人当てミステリ。

昨年の各種ミステリランキングを総なめにした『メインテーマは殺人』から始まる「ホーソーンホロヴィッツ」シリーズの2作目です。
いやはや、今年も今作がランキングを賑わすんだろうなぁということが想像できる、非常に端正で正統派のフーダニット・ミステリでした。
2作続けてのレベルの高さに脱帽です。


本シリーズの何がすごいって、徹底したフェアプレイぶりが何よりもすごいと思います。
語り手は作者自身であり、元刑事のホーソーンの助手兼記録役を務めるホロヴィッツ
彼がホーソーンの事件調査に同行して見たもの、聞いたものを小説の形式で書いているという設定です。
探偵役のホーソーンが見たもの、聞いたものと内容はまったく同じなので (ホーソーンホロヴィッツとではその捉え方や推理力・洞察力がまったく違うとはいえ)、謎解きのためのヒントはすべて本文中に余さず提示されているということになります。
しかも、ここまでに手掛かりを散りばめましたよと、ヒントの大体の在り処をご丁寧に本文で教えてくれる始末。
そこまでされても真相が見抜けないとは、私はなんて注意力が散漫なのか、あるいは頭が悪いのかと、ついつい自虐的な感想を抱いてしまいそうになりますが、ここは作者のフェアプレイと伏線の張り方の巧妙さを素直に称えるべきなのでしょう。
作者はコナン・ドイル財団公認の「シャーロック・ホームズ」シリーズ続編を書いているだけあって、本作にもホームズへの言及やオマージュが随所に見られますが、ミステリの古典ともいうべきホームズシリーズをお手本とし、目指すミステリの姿がはっきりしていてブレがないからこそ、王道ど真ん中の正統派ミステリが書けるのだと思います。
逆に言うと古典的というのは目新しいトリックには乏しいということでもあり、実際その点は少し物足りなくも感じますが、奇を衒ったところのない犯人当てが楽しめる、万人向けのミステリに仕上がっています。


また、今作は特に個性的で気になる人物が多かったという印象です。
例えば、容疑者のひとりである日本人女性作家、アキラ・アンノ。
純文学系の作家で、松尾芭蕉の影響を受けて俳句も詠んでいて、その俳句が本作で重要な手掛かりのひとつとなっており、タイトルもそこから取られています。
日本人読者としては気にならざるを得ない人物ですが、癖の強さで好きにはなれないタイプなのが残念なところ。
さらにもうひとり、今回の事件の捜査担当となるグランショー警部も女性ですが、これまた強烈な印象を残してくれます。
どうもホロヴィッツは女性運があまりよくないのではないかと思ってしまいました。
ホーソーンと同じくらいか、それ以上に厄介な女性に2人も関わってしまうとは。
さてそのホーソーン、前作から引き続き謎の多い人物なのですが、今作でさらに謎が増えてしまったような気がします。
中盤辺りでホーソーンのことを別の名で呼ぶ人物が現れるのですが、どうも昔の知り合いっぽいのに、ホーソーンは人違いだの一点張りで、これは大変気になります。
ホーソーンが警察を辞めるきっかけになった事件についてもよくわからない部分がありますし、同性愛者を嫌っているのにも単なる個人の好みの問題ではなく何かわけがありそうですし、家族についても謎ばかり。
プライバシーをさらけ出しすぎではと危惧してしまうほどのホロヴィッツに関する情報の多さと好対照ですが、それゆえに気になります。
ホーソーンについての謎は、シリーズを通してゆっくりと解き明かされていくのでしょう。
その謎解きこそが、このシリーズにおける最大の驚きになったら楽しいなぁと、期待が膨らみます。


それにしても、相変わらずホーソーンに振り回され、かなりひどい目に遭っているホロヴィッツがお気の毒……。
だからこそ物語として面白くなっているのも確かなので、次作以降も存分にひどい目に遭ってほしいなどと残酷な期待をしてしまいます。
ミステリとして大きな驚きやどんでん返しはありませんが、わがままで性格の悪い探偵と振り回される助手のコンビが楽しいバディものとして、この先もとても楽しみです。
☆4つ。




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