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『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』宮部みゆき

あんじゅう 三島屋変調百物語事続 (角川文庫)

あんじゅう 三島屋変調百物語事続 (角川文庫)


一度にひとりずつ、百物語の聞き集めを始めた三島屋伊兵衛の姪・おちか。ある事件を境に心を閉ざしていたおちかだったが、訪れる人々の不思議な話を聞くうちに、徐々にその心は溶け始めていた。ある日おちかは、深考塾の若先生・青野利一郎から「紫陽花屋敷」の話を聞く。それは、暗獣“くろすけ”にまつわる切ない物語であった。人を恋いながら人のそばでは生きられない“くろすけ”とは―。三島屋シリーズ第2弾!

宮部さんの時代物、三島屋シリーズの2作目です。
「百物語」なんて怖そうなタイトルがついていますが、実際のところ怪談めいた話でもそれほど怖くはありません。
表題作にもなっている「暗獣」などは、最初はいかにも怪談という怖そうな雰囲気を漂わせる話ですが、いわくつきのお屋敷内の暗闇にうごめくものの正体が分かってみれば、意外なほどに可愛らしく、いとおしい気持ちが湧いてくるほどで、怖さなどあっという間にどこかへ吹き飛んでしまいます。
むしろ、怖いのは幽霊でも獣でもなくて、人間だなぁという思いを抱かされます。


主人公のおちかは、自分の身に起こったある恐ろしく悲しい事件をきっかけに、叔父夫婦の店「三島屋」で女中として働き始めます。
そしてある日、叔父の伊兵衛から変わった提案をされます。
それは、不思議な体験や奇妙な体験をした人たちを店に招き、そういった奇怪話を聞き集めてくれ、というものでした。
以来、おちかのもとにはさまざまな人がやってきては、いろんな興味深い話をしていくようになりました。
「聞いて聞き捨て、語って語り捨て」が唯一のルールである、この変わった趣向の百物語。
時にはおちか自身も客の奇妙な体験に巻き込まれることもあり…。


宮部さんの数ある時代物の作品の中でも、このシリーズはかなり好きです。
ミステリ仕立ての「ぼんくら」シリーズとはまた違った味わいがあります。
でも共通しているところもあって、それは宮部さんの作品全般に通じるものだとも思うのですが、権力者でもなんでもない平凡な日常生活を送っている普通の、でも善良で懸命に生きている人たちが非常に魅力的に描かれているというところです。
華々しい活躍をするヒーローやヒロインではなく、歴史に名を残すこともない、毎日を笑ったり泣いたりしながら、ただ真面目に一生懸命働いている、本当に普通の人たち。
どんな人でも物語の主人公になれるんだなと感じるとともに、勤勉に働いたり、「お天道様に対して恥ずかしくない生き方をする」といった、日本人の在り方の原点をも思い出させてくれます。
だからこそとても気持ちよく読めるし、自分自身の在り方を省みるきっかけにもなります。


また、このシリーズの場合は、市井の人々の魅力に加え、百物語から浮かび上がる人間のさまざまな側面にいろいろと感じるところがあります。
例えばこの『あんじゅう』に収録されている話の中では、「逃げ水」や「吼える仏」に描かれる人間の自分勝手さや信仰心のあり方がとても印象的でした。
上にも書いたように、一番恐ろしいのはやはり人間だと、思わずにはいられません。
人間は愚かで欲深いということを確認しつつ、おちかをはじめとする善良な人々の描写にホッとさせられる、そのバランスの取り方が見事です。
光の部分も闇の部分も両方合わせ持っている、それが人間という生き物で、おちかやおちかに親切にしてくれる人々も善良に見えつつもやはり闇の部分はあるのだろうな、では宮部さんはどんなふうにそれを見せていくのだろう…と興味が尽きません。


シリーズものはやはり登場人物の成長や変化が見えるのが楽しいですね。
おちかもさまざまな話を聞き集めるうちに、だんだん肝が据わってきたというのか、なんだか芯が強くなっていっている様子がうかがえます。
それは忌まわしい事件の当事者となり、深い傷を心に負ったおちかが、だんだんと立ち直り始めたという証なのでしょう。
それでもまだ完全に過去を克服するまでには至っておらず、この百物語を続けていく中でどのようにおちかが変わっていき、悲しみを乗り越えていくのか、さらなる続刊が読めるのが楽しみでなりません。
☆4つ。