tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『月の影 影の海』小野不由美

月の影 影の海(上) 十二国記 (新潮文庫)

月の影 影の海(上) 十二国記 (新潮文庫)


月の影 影の海(下) 十二国記 (新潮文庫)

月の影 影の海(下) 十二国記 (新潮文庫)


「あなたは私の主(あるじ)、お迎えにまいりました」学校にケイキと名のる男が突然、現われて、陽子を連れ去った。海に映る月の光をくぐりぬけ、辿(たど)りついたところは、地図にない国。そして、ここで陽子を待ちうけていたのは、のどかな風景とは裏腹に、闇から躍りでる異形(いぎょう)の獣たちとの戦いだった。「なぜ、あたしをここへ連れてきたの?」陽子を異界へ喚(よ)んだのは誰なのか?帰るあてもない陽子の孤独な旅が、いま始まる!

魔性の子』に続き、いよいよ十二国記シリーズ本編へ。
第1作目の『月の影 影の海』、冒頭からぐいぐいと話に引き込まれました。


とにかく展開が速いのがいいですね。
普通の女子高生、陽子のもとになんだかわけのわからない男が現れて、しかもそこに変な獣が襲ってくる。
わけのわからないままに戦いに巻き込まれ、謎の剣を渡され、おまけに変な生き物(?)に憑かれる陽子。
その果てに、何のためなのか、目的も理由もよく分からないまま、見知らぬ世界へと連れて行かれ、しかも連れてきた謎の男「ケイキ」とははぐれてしまう。
どこなのかもよく分からない世界に、たった一人放り出されてしまった陽子。
途方に暮れる彼女に、次から次に危機が襲いかかる…。
のっけから大ピンチの連続で、本当にハラハラしました。
陽子がわけもわからず何かに巻き込まれていくのと同じように、読者もわけのわからないまま物語の世界に巻き込まれていくという感じです。
その後ゆっくりと、陽子がやってきた世界のことが語られていき、読者も陽子も一緒に少しずつ状況を理解していくのですが、これは本当に巧い書き方だなと感心しました。
主人公と一体化したかのように物語の展開を味わえるのは、特にこういうファンタジー作品ではとてもよいと思います。
無理なく物語の中に入っていけるし、主人公を襲う出来事を追体験できるので、耳慣れない言葉や概念も受け入れやすくなります。
陽子と一緒に恐れたり驚いたり絶望したり安堵したりしながら、陽子の目を通して十二国記の世界を見ているような気分になれました。


「エピソード0」の『魔性の子』とのリンク部分を発見した時はやはりうれしかったし、作品世界の理解が深まったので、先に読んでおいてやはり正解だったなと思いました。
私たちが生きる現実の世界から描かれた『魔性の子』に対し、この作品は十二国の世界そのものを描いていますが、根底に流れる物語のテーマは同じなのではないかと感じました。
それは、「人間の愚かさ」です。
異世界を旅する中で出会った人たちから連続して裏切られ、だんだん他者が信じられなくなって、汚い考え方をするようになる陽子。
これは陽子の性格の問題なのではなく、人間ならば誰もが持っている負の側面なのだと思います。
自らの中におそらく元からあったのであろうそうした獣のような一面を認め、向き合い、自分の愚かさも至らなさも自覚して、一つの出会いを機に、徐々に他者を信じる心を取り戻していく陽子の姿にはすがすがしいものを感じました。
不安に揺れ、悩んだ末にある決断を陽子が下すラストは、とても感動的でした。
主人公を肉体的にも精神的にも限界まで追い込むという、非常に過酷で厳しい物語で、特に上巻は読んでいてとてもつらい場面が多いのですが、最後にさわやかな感動を味わえ、気持ちよく読み終えることができるのは、陽子のこの成長ぶりがあるからこそだと思います。


こうしたファンタジー作品では重要な、キャラクターの魅力についても文句の付けどころはありませんでした。
陽子は超人でも勇者でもなんでもない、とても人間臭くて高校生らしい幼さもある人物なので、親近感が持てます。
半獣で普段はネズミ姿の楽俊は、可愛いキャラクターだと思って読んでいたら、最後に陽子の涙を拭うシーンではなんだかキュンとなってしまいました。
険しい旅路の果てに陽子がたどりつく延という国の王と麒麟との軽妙なやり取りは、少々暗いタッチのこの物語をパッと明るくしてくれたようで、なんだかとてもホッとさせられました。
人間の内面を掘り下げる骨太な物語と、魅力的なキャラクター。
1巻にしてすでに十分な魅力を持っていると思います。
でも、この世界の壮大さを感じられるのは、まだ先かな。
続刊が楽しみです。
☆4つ。