tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『あかんべえ』宮部みゆき

あかんべえ〈上〉 (新潮文庫)

あかんべえ〈上〉 (新潮文庫)


あかんべえ〈下〉 (新潮文庫)

あかんべえ〈下〉 (新潮文庫)


おりんの両親が開いた料理屋「ふね屋」の宴席に、どこからともなく抜き身の刀が現れた。成仏できずに「ふね屋」にいるお化け・おどろ髪の仕業だった。しかし、客たちに見えたのは暴れる刀だけ。お化けの姿を見ることができたのは、おりん一人。騒動の噂は深川一帯を駆け巡る。しかし、これでは終わらなかった。お化けはおどろ髪だけではなかったのである。
なぜ「ふね屋」には、もののけたちが集うのか。なぜおりんにはお化けが見えるのか。調べていくうちに、30年前の恐ろしい事件が浮かび上がり……。死霊を見てしまう人間の心の闇に鋭く迫りつつ、物語は感動のクライマックスへ。

今年最後の読書はこれ。
宮部みゆきさんの時代物長編です。
長らく時代小説を苦手としてきた私ですが、宮部さんの作品だけは読めるようになりました。
それはやはり、宮部さんの描く時代小説には、現代ものにも通じるような、魅力ある人々がいて、心温まる人情と、少しの謎があるからなのでしょう。


両親が深川に開いた料理屋「ふね屋」に住むようになった少女・おりんは、やがてふね屋に住むお化けたちと出会います。
このお化けさんたちが、なんとも個性的で生き生きとしていて面白い。
美形プレイボーイの剣士・玄之介さま、美しく艶っぽい姐さんのおみつさん、腕利きの按摩である笑い坊、おりんの姿を見るたび「あかんべえ」をしてくる女の子・お梅。
幽霊なのに「生き生きとしている」というのも変ですが、元は確かにこの世に生きていた人たち。
では彼らはなぜ、死んでしまった後もこの世にとどまって、「ふね屋」から離れられずにいるのか?
親切で面白いお化けさんたちとすっかり仲良くなったおりんは、「ふね屋」で起こった怪事件について調べるうち、彼らの過去についても真相に近づいてゆきます。
そしてさらには、おりん自身や、おりんの周りの大人たちに関しても、思わぬ事実が明らかになるのです。
上下巻のうち、上巻はおりんの生い立ちやおりんの両親や祖父についての説明が多く、少々展開がまどろっこしく感じました。
ですが、いろいろな謎が明らかになっていく下巻に入ってから物語が一気に加速し、俄然面白くなりました。
筋書きももちろん魅力的なのですが、やはり宮部作品で注目すべきは人物造形。
健気で賢いおりんもかわいいのですが、「ふね屋」の近所の長屋に住むひねくれものの少年「ひね勝」も憎めないいい子だし、働き者のおりんの両親も、頼りになるおりんの祖父・高田屋七兵衛も、おりんのお隣に住む貧乏旗本の長坂様夫妻も、いつも明るい笑顔の玄之介さまも、優しく凛としたおみつさんも、心引かれる素晴らしい人物ばかり。
中には恐ろしい悪人も、醜く歪んだ心を持った人も登場しますが、そんな人たちでさえ憎めないのは、宮部さん一流の人情という名の魔法のおかげでしょうか。


最後にはきれいにすべての謎も解け、事件は解決して、希望に満ちたきらきらとした未来が見えてくるかのようでした。
まるで大掃除をすべて終えて美しく清められた家で新年の朝を迎えたかのような、すがすがしい読後感でした。
この作品が今年最後の読書になったことを、とてもうれしく思います。
☆4つ。


さて、明日は今年の読書総括&私的ベスト10を発表して、この1年を締めくくりたいと思います。