tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』万城目学


かのこちゃんは小学1年生の女の子。玄三郎はかのこちゃんの家の年老いた柴犬。マドレーヌ夫人は外国語を話せるアカトラの猫。ゲリラ豪雨が襲ったある日、玄三郎の犬小屋にマドレーヌ夫人が逃げこんできて…。元気なかのこちゃんの活躍、気高いマドレーヌ夫人の冒険、この世の不思議、うれしい出会い、いつか訪れる別れ。誰もが通り過ぎた日々が、キラキラした輝きとともに蘇り、やがて静かな余韻が心の奥底に染みわたる。

『鴨川ホルモー』が鮮烈な印象だった万城目さん。
インパクトの強かったデビュー作と比べると若干パワーは落ちるものの、しっかり地に足の着いた、よい物語を書かれていると思います。
この作品は短いながらその分読みやすく、ちょっと不思議な万城目ワールドのエッセンスがしっかり入っていて楽しめました。


小学1年生のかのこちゃん。
ペットは年老いた柴犬の玄三郎と、ゲリラ豪雨の日に玄三郎の犬小屋に逃げ込んできたアカトラ猫のマドレーヌ夫人。
あまり反りが合わないのかと思っていたクラスメートのすずちゃんと「ふんけーの友」になったり、歯が生え変わり始めたり、夏休みの宿題に苦戦したりと、小学1年生の毎日はなかなかドラマチック。
そしてマドレーヌ夫人も、近所の空き地で毎朝行われる猫の集会に参加したり、不思議なことが起こって大冒険をしたりとなかなか忙しい日々を送っています。
そんなかのこちゃんとマドレーヌ夫人の、かけがえのない交流の記録が描かれます。


とても雰囲気の良い作品世界だなと思いました。
童話のようでありながら、大人の心をくすぐる要素がいっぱい。
ファンタジーのようでありながら、誰もが経験してきたような現実的で懐かしい感覚がよみがえる。
そうそう、乳歯が抜ける時の、ちょっとうれしいような、気持ち悪いような、誇らしいような独特の感覚、あったよね、とか。
夏休みの宿題で水族館の工作を作ってくる子、確かにいたよ、とか。
大人にしてみればくだらないようなことで、男子対女子の対決をしたなぁ、とか。
毎日楽しいことばかりじゃなくて、時には悲しいことやさみしいこともあって、大泣きすることもあるけれど、目に入るものすべてが新鮮で、新しいことをどんどん学べる楽しさを全身で享受していた日々は、確かにあった。
決してあの日々に戻りたいとかいうんじゃなくて、ただただ懐かしく大事な思い出として心の中にしまわれているできごとや感覚が次々によみがってきて、胸がいっぱいになります。
きっとまだ若い10代の人が読んでも面白い作品だとは思うけれど、子ども時代が遠くなった大人の心にこそ響く作品なのではないかと思います。


登場人物&動物もとても魅力的です。
かのこちゃんは元気で好奇心旺盛で、なんとも可愛らしい。
子どもらしい躍動感にあふれていて、どんどん成長していく姿が生き生きと描かれており、読んでいくうちにいとおしさが込み上げてきます。
すずちゃんをはじめとする、かのこちゃんの学校のお友達も、みんな小学1年生らしい、元気いっぱいの姿が描かれていて、読んでいるとこちらまで元気になれそうな気がしてきます。
それを見守るかのこちゃんの両親や担任の先生も、あたたかく、時に厳しく子どもたちに接していて、ほっこりした気分になれました。
年老いた犬の玄三郎は年の功なのかとても凛々しくかっこよく、マドレーヌ夫人が種の壁を乗り越えて彼と夫婦になったのも納得です。
マドレーヌ夫人の自由気ままな猫らしい性質も、意外に義理堅く愛情深いところも、とてもかわいいと思いました。
犬たち・猫たちがそれぞれにコミュニケーションを取る様子はほのぼのとしていて、本当にこんなふうなんじゃないかと思って顔がほころんできます。
かのこちゃんたち人間と、マドレーヌ夫人や玄三郎の動物たちとの、言葉は通じないながらもちゃんと心と心がつながっている感じにも、とても温かい気持ちになれました。
猫の集会には私も参加してみたいし、たとえいずれ必ず来る別れがどんなに悲しいものか分かっていても、人間と動物が共に生活するって素敵なことだなと思いました。


かのこちゃんやマドレーヌ夫人と共に笑ったり泣いたりして、とても楽しくあたたかい気持ちになれる素敵な物語です。
大人のための優しい童話、という感じかな。
そういえばかのこちゃんのお父さんの正体は、もしかしてあの人でしょうか。
万城目作品のファンに対するサービス精神も感じられてうれしくなりました。
☆4つ。