tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『キッチンつれづれ』アミの会


大崎梢近藤史恵、永嶋恵美、新津きよみ、福田和代、松村比呂美、矢崎存美福澤徹三。短編の名手8人が「台所」をテーマに競演。「ここだけのお金の使いかた」「おいしい旅」シリーズなど、続々重版中の人気ユニットによる全編書下ろし短篇集。

人気女性作家の集まり「アミの会」によるアンソロジーです。
本作は何作目になるのでしょうか、出版社が毎回異なることもあり、既刊が見やすく一覧になっておらず確認ができていませんが、年に数冊のペースで順調に新刊が発売されていて頼もしくうれしい限りですね。
今回は「キッチン」「台所」をテーマに、ゲストの福澤徹三さんを加えた8名による8編の短編の競演が楽しめます。
それではさっそく各作品の感想を。


「対面式」福田和代
新居のキッチンから見えるお向かいのお宅の玄関ポーチに置かれている動物や白雪姫などの置物。
それが住人によってたびたび置き換えられていることに気づいた主婦は、置物の種類によって何か意味があるのではないかと想像力をたくましくしますが――。
キッチンからお向かいの様子がよく見える、そしてそこには置物が置かれていてそれがたびたび入れ替わる、となると、それは気にもなりますね。
ついつい野次馬的な想像をしていた主人公の主婦ですが、その想像はいい方向に裏切られます。
お向かいの家の旦那さんの職業については、私の推測が当たっていてちょっとうれしくなりました。


「わたしの家には包丁がない」新津きよみ
料理が嫌いで自宅のキッチンに包丁さえないという「バリキャリ」独身女性が、母を亡くしてから2年後に父の再婚問題に立ち向かうことになります。
ある日突然聞かされた父親の再婚話に憤慨して相手の女性の娘に会いに行き、そこになぜか同席していた初対面の男性といきなり食事に行って、酔いに任せてその男性を自宅に招いて料理を作らせてしまう主人公の行動力というか勢いが面白いです。
そしてそこからさらに思いも寄らないオチにつながっていきます。
最初から最後まで予想外でスピーディーな展開が続く、爽快感のある物語でした。


「お姉ちゃんの実験室」長嶋恵美
幼い頃に母を亡くして祖母に引き取られたため、父のもとに残った姉とは別々に暮らした女性が、大人になってから姉とともに暮らすようになります。
この姉が料理好き……というのとはちょっと違って、レシピの収集が趣味、というのがミソ。
レシピ収集が好きで変わった料理に日々挑戦するも、決して料理が得意というわけではなく時々失敗もする姉に対し、その失敗料理をなんとか食べられるものにリカバリーする妹、という対比が面白く、姉妹としてなかなかいいコンビではないかとほのぼのしました。
作中に登場する、姉が手に入れたちょっと変わったレシピ本は、なんと全部実在するようです。
料理そのものよりも、レシピ本に興味をそそられました。


「春巻きとふろふき大根」大崎梢
定年後の主人公が通うようになった、地元の公民館で開かれている男の料理教室が舞台の物語です。
いかにも地方都市の公民館で開かれていそうな男性向け料理教室で、登場する料理が非常に家庭的なものばかりで、料理教室に通ったことがない私でもなんだか親近感がわいてきます。
男性たちが和気あいあいと料理を作るほのぼの感にそぐわない物騒な事件の話とその顛末が、ちゃんとミステリになっていて楽しく読めました。
料理教室に新しく加わった高校生が、礼儀正しく頭もよさそうで、華やかさには欠ける男の料理教室の風景をさわやかなものにしていて好感度大でした。


「離れ」松村比呂美
子どもの頃、父の後妻となった義母が、庭に建てられた離れに隠していたある秘密。
いや、秘密というほどではなかったのかもしれませんが、ある日その離れでそれまで知らなかった義母の事情を知ることになった主人公の心情、そして母屋で作った残り物を使って離れの台所である人のために料理をしていた義母の心情を想像すると、なんとも切ない気持ちになります。
また、本作はオチが素晴らしく、ああそういうことだったのかと感動すると同時に、主人公の今の幸せを思ってうれしくなりました。
登場する「ブッダボウル」という菜食料理にも興味をそそられました。


「姉のジャム」近藤史恵
苦手な姉から逃げるように遠方で就職した主人公に、季節ごとに姉が手作りしたジャムが送られてくる、という話です。
姉と妹の物語、という点では長嶋恵美さんの「お姉ちゃんの実験室」と似たところがあるのですが、読み心地は全く違っていて、同じような設定でも料理する作家さんが違うとこうも違った味付けになるのだなとある意味感心しました。
物語後半のサスペンス的な展開は圧巻で、背筋が寒くなる感覚を味わい、結末のやるせなさが読後も後を引きますが、「キッチン」というテーマから受ける家庭的な温かいイメージとは対照的なダークな雰囲気は悪くなかったです。


「限界キッチン」福澤徹三
大学卒業後、就職が決まらずにいた主人公が、人気ユーチューバーの名を冠した「お金配り」アカウントの10万円プレゼントに応募して当選したことから始まる借金生活、そしてその借金を返すために始めたブラック居酒屋の厨房アルバイト生活を描く物語です。
典型的なSNS詐欺に引っかかって、そこからどんどん悪い方へ向かう選択を重ねてしまう主人公がなんとも不憫、というよりはあきれてしまいます。
それでもぼったくりのブラック居酒屋で案外真面目に働いて、同僚のベトナム人たちとも仲良くなっていく主人公への印象は、意外に根性もあるし、根はいい子なんだなと、良い方向へと変わっていきました。
一般家庭の台所ではなく飲食店の厨房が舞台だったり、アングラ感が漂う物語だったりするところが他の作品とはかなり毛色が違っていて、ゲスト作品はこうでなくっちゃと楽しい気持ちになりました。


「黄色いワンピース」矢崎存美
いつもおなかをすかせていた子ども時代、家に招き入れておなかいっぱい食べさせてくれた優しいおねえさんに、大人になってから会いに行く女性の話です。
主人公の女性はネグレクトされていたわけですが、親切なおねえさんのおかげで飢えを満たせたというエピソードには温かい気持ちになります。
ですが、実はおねえさんの方も、あるつらい事情を抱えていたということが判明します。
問題のある家庭から抜け出せずにいた女の子と女性のある種の共依存関係に複雑な思いを抱きましたが、現実問題としてこのようなことはそう珍しくもないのかもしれません。
再会を果たし、互いの事情を知った二人の間で始まっていく新しい関係が、幸福なものであるようにと願わずにはいられませんでした。


今回も個性豊かな物語の数々を堪能しました。
どれも甲乙つけがたいのですが、個人的ベストは松村比呂美さんの「離れ」でしょうか。
オチのつけ方と読後感がかなり私好みでした。
次回はどんなテーマのアンソロジーが読めるのか、楽しみです。
☆4つ。




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