tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『クスノキの番人』東野圭吾



恩人の命令は、思いがけないものだった。
不当な理由で職場を解雇され、腹いせに罪を犯して逮捕された玲斗。
そこへ弁護士が現れ、依頼人に従うなら釈放すると提案があった。
心当たりはないが話に乗り、依頼人の待つ場所へ向かうと伯母だという女性が待っていて玲斗に命令する。
「あなたにしてもらいたいこと、それはクスノキの番人です」と……。
そのクスノキには不思議な言伝えがあった。

東野圭吾さんはご自身も理系出身の元エンジニアですし、代表作の「ガリレオ」シリーズのような科学ミステリをたくさん書かれていますが、その一方で科学とは対照的なファンタジー作品も書かれているのが面白いですね。
本作も「非科学的」な題材で、不思議な力を持つクスノキとその番人になった青年を描く、心温まる物語です。


不当解雇された会社に報復しようとして逮捕された青年・玲斗は、柳澤千舟という高齢の女性から救いの手を差し伸べられます。
彼女のおかげで釈放された玲斗を待っていたのは、千舟が彼の伯母であるという事実と、「クスノキの番人になってほしい」という彼女からの依頼でした。
ある神社の敷地内にあり、「その木に祈れば願いが叶う」といわれているそのクスノキには、単なるパワースポットというだけではない不思議な力があると千舟から聞かされた玲斗。
その不思議な力というのが一体何なのか、よくわからないままクスノキの番人の役目を引き受けることになります。
「願いを叶えてくれる大きな木」というのは現実にありそうなパワースポットですが、本作のクスノキにはもう少し宗教的な雰囲気があります。
新月と満月の夜に、予約をした人がやってきて「祈念」というものをしていくのですが、一体何を祈念するのか、祈念することによって何が起こるのかについては、謎のまま物語が進んでいきます。
読者が主人公の玲斗と同じペースでクスノキの秘密について知っていくことができるようになっているのがうまいですね。
祈念する人たちの言葉などによってだんだん謎が解けていく過程はミステリ的で、さすが東野さんというべき巧みさです。
途中からは父親の謎の行動の真相を知りたいという女子大生も登場し、さらに新たな謎解きが加わって、ぐいぐい読まされます。
やはり東野さんのページターナーぶりは随一だと改めて認識させられました。


主人公の玲斗は父親不在の家庭で育ち、母も早くに乳がんで亡くなるという、あまり恵まれない家庭環境で育った青年です。
とはいえ別にグレるということもなく根は悪くないのですが、職場を不当解雇されて腹いせに犯罪行為を働くあたりは、同情の余地はあるものの短絡的だなというのが正直な印象でした。
けれども、成り行きに従ってクスノキの番人という役目を引き受け、祈念にやってくる人々の思いを知り、やがてクスノキの力の正体と自分の役割の重大さを知るにつれて、玲斗は大きく成長していきます。
学もなく、一般常識やマナーにも欠けるところがありますが、そんな玲斗が千舟からあれこれ教わり、千舟の思いを継ぐ後継者として成長していく姿は非常に感動的でした。
ファンタジーとしても、クスノキの力によって言葉では伝えきれない思いが人から人へ伝わっていく奇跡に胸を打たれます。
けれども、確かにクスノキが持つ力は素晴らしいし、不思議で感動的ではあるのですが、結局のところ人と人が思いを伝えあうには、その人たちの関係性や思いやりの心が大きく関わってくるのでしょう。
クスノキは単なる橋渡し役にすぎないのです。
そのことが伝わってくるラスト1ページに、大いに心動かされました。


ミステリ的展開もファンタジー要素もヒューマンドラマも若者の成長物語も詰め込まれた、「全部盛り」といえるような物語で読み応えたっぷりでした。
優しく温かい読後感が心地よく、続編の刊行が決定しているというのも納得の出来です。
今後、東野さんの新たな代表シリーズに成長していくかもしれませんね。
次にクスノキが見せてくれる奇跡はどのようなものか、楽しみに待ちたいと思います。
☆4つ。