tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『リバーサイド・チルドレン』梓崎優


カンボジアの地を彷徨う日本人少年は、現地のストリートチルドレンに拾われた。過酷な環境下でも、そこには仲間がいて、笑いがあり、信頼があった。しかし、あまりにもささやかな安息は、ある朝突然破られる――。彼らを襲う、動機不明の連続殺人。少年が苦悩の果てに辿り着いた、胸を抉る真相とは? デビュー作『叫びと祈り』で本屋大賞にノミネートされた大型新人が満を持して放ち、第16回大藪春彦賞を受賞した初長編、ついに文庫化。

デビュー作の『叫びと祈り』がよかったので、本作も期待していました。
単行本が発売されたのが2013年でしたから、実に8年越しの文庫化。
非常に読み応えのある内容で、長らく待った甲斐がありました。


舞台はカンボジア、主人公はミサキという名の、日本人の少年です。
ミサキは何人かの仲間の少年たちとともに、ゴミ山でペットボトルやビニール袋などを拾い集め、業者に売ることで生計を立てています。
そう、彼らはいわゆるストリートチルドレンと呼ばれる子どもたちなのです。
汚くて臭いゴミ山で働いても大した稼ぎにはならず、ゴミを買い取る業者からは罵倒され、近隣の住民や観光客からは不潔な存在として忌み嫌われ、警察からは暴力的な扱いを受ける。
そんな過酷な状況が延々と描写されるので、その重さに押しつぶされそうになります。
それでもさすがは子どもたち、どんなに過酷な状況でも、少年らしい生命力の輝きは失われておらず、希望など抱けないと思える環境でも、毎日を懸命に生きて、それなりに楽しく過ごすこともできているのです。
そのおかげで物語全体の雰囲気としては、重苦しさはあるものの、暗すぎるということもなく、絶妙なバランスを保っています。
ただ、物語が進み、登場人物たちにまつわる謎が少しずつ明かされていくと、そこにあるどうしようもない重い真実に圧倒されました。
ミサキは日本人なのになぜカンボジアストリートチルドレンになったのか?
ミサキが出会う少女・ナクリーは、なぜミサキが話した日本語が日本語だとわかったのか?
どちらも答えは非常に衝撃的なもので、打ちのめされる思いがしました。


その打ちのめされるような思いは、作中で起こる連続殺人事件の真相が明かされたときにさらに強くなります。
ストリートチルドレンが次々殺されていくという状況もかなり悲惨ですが、終盤に明かされる犯人の動機も相当凄惨なものです。
私もこれまでさまざまなミステリ作品を読んできましたが、こんな動機は前代未聞というか、ある意味異常な動機ともいえます。
さすがにこんな動機は読者が推理することはほぼ不可能で、そういう点ではミステリとしては少々アンフェアかもしれません。
けれども、梓崎さんがこの作品で一番描きたかったことは、何よりこの動機にこそあるのだろうと思いました。
本作は日本語で書かれており、間違いなく日本の読者に向けて書かれた作品です。
一般の日本人だからこそ、推理できない動機。
それが驚きにつながっており、平均的な日本人としての読者の常識や発想、価値観を揺るがします。
本格ミステリの論理の果ての驚きとは全く異なるので、ミステリを読みたくて本作を選ぶと不満が残るかもしれません。
けれども時にはこうして、平和で恵まれた日常を送る自分の頭がガツンと殴られるような衝撃を受けるのも、悪くはないのではないでしょうか。


カンボジアの風景や気候の描写が精緻で、行ったこともないカンボジアの様子が頭の中にまざまざと浮かぶ文章力はさすがです。
人物描写もとても丁寧で、ひとりひとり個性が際立ち、外国人が主に登場する小説にありがちな「登場人物を覚えられない」問題が発生する心配はまったくありません。
そうした上質な文章を楽しみながら、カンボジアで起きていること、起こってきたことをわずかでも学ぶことができ、もっと知りたいと思えたことがうれしく感じられました。
☆4つ。




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