tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件』倉知淳


戦争末期、帝國陸軍の研究所で、若い兵士が倒れていた。屍体の周りの床には、なぜか豆腐の欠片が散らばっていた。どう見ても、兵士は豆腐の角に頭をぶつけて死んだ様にしか見えなかったが―?驚天動地&前代未聞&空前絶後の密室ミステリの真相は!?ユーモア&本格満載。猫丸先輩シリーズ最新作収録のミステリ・バラエティ!

基本的に好きな作家さんの本や評判のいい本を読んでいる私ですが、これは珍しくタイトル買い。
タイトルを見て、面白そう!と思って購入しました。
倉知淳さんの作品は『星降り山荘の殺人』『日曜の夜は出たくない』などいくつか読んだことがあって、ふざけたタイトルでもちゃんとミステリしてるんじゃないかという期待もありました。
結果から言うと、想像していたのとはちょっと違った雰囲気でしたが、その「予想外」の部分が楽しい短編集でした。


短編集なので1作ずつの感想を記したいと思いますが、その前に収録されている全作品に共通する印象を述べておくと、ユーモアミステリあるいはバカミスに見せかけて、実は深いものを隠し持った物語だということです。
途中までは笑える展開や描写があってユーモアたっぷりなのですが、最後まで読むと印象が変わります。
得体の知れない恐怖感を感じたり、不安感が漂ったりと結末が印象的なので、読後の余韻をたっぷり味わえます。
その味わいがそれぞれの作品で異なるのもまた印象的。
いろんなおかずを詰め込んだ幕の内弁当のような作品集なのです。
では1作ずつの感想を。


「変奏曲・ABCの殺人」
ミステリ好きならタイトルから想像がつくかと思いますが、アガサ・クリスティの名作「ABC殺人事件」のオマージュ作品です。
犯人の視点から描かれた作品ですが、この犯人の思考回路がなかなかに最低で、読んでいて腹が立ってきてしまいます。
それだけにラストはちょっとすっきりする展開ですが、よく考えると怖い結末でもあって、なんとも複雑な読後感でした。


「社内偏愛」
AIによる社員管理システムが各企業で導入されている社会という近未来的なお話です。
この作品の怖いところは、AIが自我を持っているということ。
自我を持ったAIが社員を管理し人事の仕事を人間に代わって行うと、その結果どのようなことが起こるかがリアリティをもって描かれていますが、これがディストピアとしかいいようのない恐ろしさ。
あり得ない話だと言い切れない気がしてくるところが、また恐ろしいです。


「薬味と甘味の殺人現場」
パティシエを目指していた専門学校生の女性が殺され、その遺体のそばにはケーキが3つ置かれていて、遺体の口にはネギが突っ込まれていたという奇怪な殺人現場の謎を描いたミステリです。
ミステリとしてはひねりが足りず驚きが少ないものの、犯人の狂気がぞっとするような空恐ろしさと気持ち悪さで、背筋がぞわぞわしました。


「夜を見る猫」
休暇を取って田舎のおばあちゃんの家に遊びに来たOLが、おばあちゃんの飼い猫が夜中に何かをじっと見つめていることに気づくという話です。
猫が何もないはずの場所をじっと見つめているというところからホラーチックな展開を予想しましたが、予想とは違う結末で、少し切ない余韻が漂う読後感でした。
ミステリでありながらファンタジーっぽい雰囲気があり、猫のかわいさとおばあちゃんの優しさにほっこりします。


「豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件」
なんと舞台は戦時中のとある軍事実験施設。
特殊な場所で起こる殺人事件は状況もこれまた特殊で、被害者は頭を何か角のとがった四角いもので負傷したと思われるものの、角のとがった四角いものは豆腐以外に見当たらないという奇妙な殺人現場の謎が描かれます。
ただ、事件の真相ははっきりとは解明されず、主人公の新兵の想像にとどまるのがすっきりしませんが、そのすっきりしないところこそが本作の肝でしょう。
戦況と国の行く末の先行き不透明感と事件の真相不明な結末とが重なって、なんとも暗澹とした気持ちになりました。


「猫丸先輩の出張」
倉知さんの代表作シリーズの猫丸先輩が登場する作品です。
神出鬼没な猫丸先輩が、今回はとある企業の最先端研究施設に登場します。
「犯人が消える」というミステリとしてはかなり魅力的な謎が登場しますが、謎解き自体はあっさりめでしょうか。
それよりも猫丸先輩の個性の強さと、主人公のサラリーマンに降りかかる災難が印象的でした。
早口でまくし立てる猫丸先輩、その早口ぶりを実際に音声で聞いてみたいですね。


ミステリからSF風味の作品まで、小粒ながら味わい深い6つの短編を堪能できました。
個人的ベストは「社内偏愛」かな。
あれ、ミステリに期待して読んだはずが、最終的には一番ミステリ度の低い作品がお気に入りになってしまいました。
それもまた読書の醍醐味ですね。
☆4つ。