tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子

おらおらでひとりいぐも (河出文庫)

おらおらでひとりいぐも (河出文庫)


24歳の秋、故郷を飛び出した桃子さん。住み込みのバイト、周造との出会いと結婚、2児を必死に育てた日々、そして夫の突然の死―。70代、いまや独り茶を啜る桃子さんに、突然ふるさとの懐かしい言葉で、内なる声たちがジャズセッションのように湧いてくる。おらはちゃんとに生ぎだべか?悲しみの果て、辿り着いた自由と賑やかな孤独。すべての人の生きる意味を問う感動のベストセラー。

史上最年長での芥川賞受賞作ということで話題になった作品です。
田中裕子さん主演で映画化されるそうで、私が購入した文庫本は映画のビジュアルを使用した全面帯になっていました。
読んでみた感じだと、実写化はなかなか難しそうな気がするのですが、どんな映画に仕上がっているか楽しみです。


タイトルは宮沢賢治の「永訣の朝」からの引用です。
そこから連想できるとおり、主人公の桃子さんは作中で明言はされていないものの、作者と同じ岩手県 (をモデルとした県) の出身だと思われます。
最愛の夫を亡くし、息子や娘とは疎遠になり、ひとりになった桃子さんは、日々自らとの対話を行っているのですが、そのすべてが岩手の方言になっています。
正直なところ関西人の私には完全にはその方言が理解できないところもあり読みづらさもあるのですが、標準語とは異なるリズムの文章が不思議で面白くてだんだん癖になりそうでした。
ただ、物語としてはどちらかというと暗いイメージです。
なにしろ桃子さんは自分の内面に潜っていって、自分の中にある分身のようなものがあれこれしゃべりだすのに耳を傾けているわけですから、あまり明るい話にはなりようがないのです。
年を取ってひとり暮らしだと、こんなふうになってしまうものなのかなと最初は思いましたが、よくよく考えてみるとこれは桃子さんの性格によるものなんでしょうね。
もともとどちらかというと内向的で、社交的ではない人なのだと思います。
その証拠に、桃子さんの友達のような人は一切登場しません。
家族がいないからひとりなのではなく、他人との交流も乏しいからひとりなのであって、だからこそ自分との対話に耽ってしまうのでしょう。
その対話からあふれ出る圧倒的な孤独と寂寥感に、押しつぶされそうになります。


とはいえ、決して寂しく悲しいばかりの話でもありません。
特に、亡夫の周造との思い出を振り返る場面での桃子さんは、きっと笑顔になってるんだろうなというくらい幸せそうです。
心から愛しいと思える人と出会って、結婚して家庭を築いたことは、間違いなく桃子さんにとって人生最良のできごとだったでしょう。
けれども、だからこそ、夫との死別が悲しい。
息子と娘さえも、桃子さんから離れて行ってしまったことも。
個人的にぐさりと来たのは、桃子さんが娘の老いに気づいてしまった、という場面でした。
自分の老いではなく、自分の子の老いに気づく気持ちというのはどんなものなのでしょうか。
子どものいない私には想像が難しく、逆に娘の立場から親が子の老いに直面することに思いをはせると、なんとも切ないというか、胸が苦しいような気持ちになりました。
みんな老いていつかは死んでいく、それは当たり前だとわかってはいても、自分ではなく自分の子が老い、やがて死んでいくことを実感させられてしまうのは、つらいことではないかと思います。
ですが、桃子さんには孫もいます。
まだまだ老いには程遠い、成長真っ只中の孫娘が。
老いたからこそ孫娘と出会えた、そしてその孫娘との交流は、桃子さんの寂しさを埋めてくれるに違いありません。
それに、桃子さんが自分との対話ができるのは、それまでしっかり生きて人生経験を積んできたからに他なりません。
ただぼんやりと年だけ取って中身が空っぽな人であれば、対話する自分さえいないのです。


実は地球46億年の歴史の話が大好きだとか、病院の待合室で周りの人の観察をしてしまうとか、なかなか面白そうな人、という印象の桃子さん。
「妻」でもなく、「母」でもなく、ただの桃子さんになって自由になったのだから、その自由を謳歌してもうしばらく元気でいてくれたらいいなあと思うくらいには、桃子さんのことを好きになっていました。
☆4つ。