tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『サブマリン』伊坂幸太郎

サブマリン (講談社文庫)

サブマリン (講談社文庫)


家庭裁判所調査官の武藤は貧乏くじを引くタイプ。無免許事故を起こした19歳は、近親者が昔、死亡事故に遭っていたと判明。また15歳のパソコン少年は「ネットの犯行予告の真偽を見破れる」と言い出す。だが一番の問題は傍迷惑な上司・陣内の存在だった!読み終えた瞬間、今よりも世界が輝いてみえる大切な物語。

事件を起こした少年たちと向き合う家庭裁判所調査官の武藤と陣内の物語、『チルドレン』の続編です。
武藤と陣内だけでなく、同じく前作にも登場した永瀬も再登場しているのがとてもうれしかったです。
聴覚障害者である永瀬が連れている盲導犬はさすがに別の犬に代わっているものの、幸せそうな暮らしぶりにホッとしました。
もちろん陣内のハチャメチャなキャラクターも健在だし、上司である陣内に振り回される武藤の人の良さが微笑ましいしで、だいぶ待たされたけれどもまた会えてよかったという思いでいっぱいです。


武藤と陣内の家裁調査官コンビを描く物語なので、当然、少年事件の当事者たちが登場します。
加害者も、被害者も。
本作はどちらかというと加害者側から見た少年犯罪を描いています。
少年犯罪というと、重罪を犯したらそれにふさわしい刑罰を与えるべく少年法を改正すべきだというような意見をよく聞きます。
その意見にまったく共感できないというわけではなく、むしろ感情の問題としては非常によく理解できるのですが、それでも安易に少年法を改正して未成年にも厳罰を与えることが、様々な問題の解決にはつながるとは限らないということも予想がつき、感情と現実とのはざまで身動きが取れなくなるような、もどかしい気持ちになります。
そんなもどかしさを、本作の中では武藤がたびたび語っていて、私の気持ちを代弁してくれているかのようでした。
実際、本作に登場する少年たちはみな重大な事件を起こしているのですが、決してどうしようもない悪党だとかサイコパスだとかではありません。
だからこそ、うーんと考え込んでしまいます。
もしかしたら、事件を起こす前に未然に防ぐことは可能だったのではないか?
ではなぜ防げなかったのか?
少年を責め、厳しい罰を与えれば、再犯を防ぎ被害者は救われるのか?
もちろん一口に少年事件といっても様々なケースがあり、答えはひとつではないでしょう。
武藤が言っているとおり、中には家裁調査官をいらつかせ、困らせるような少年もいます。
家裁調査官とは、学校の先生とはまた違う形で子どもたちに向き合う、とても難しい大変な職業だなと思いました。
対応に悩み、世間の反応にいら立ち、やるせない思いを抱えながら、それでも少年たちを救おうとして調査官の業務に取り組む武藤や陣内に、大いに共感するとともに頭が下がる思いです。


展開面でもテーマの面でも、ともすれば暗く重くなってしまいそうなストーリーですが、陣内のハチャメチャさ、武藤の人柄のよさ、そしてそんなふたりの掛け合いが、雰囲気を明るく、ユーモアのあるものにしてくれています。
前作の時にも思ったことですが、陣内のキャラクターがとてもいいですね。
めちゃくちゃなことを言っているようで、意外と筋の通ったところがあって、たまに (?) 非常にまともなことも言っています。
弘法大師はけっこう筆を選んでいたらしい」というような、名言なんだか迷言なんだかよくわからない言葉に、時折ふふっと笑わされました。
なにより、家裁調査官として少年たちに対する愛情も十分持っている人だと思いますし、上司としては面倒くさいところもありますが、なんだかんだ文句を言いながら武藤もそれほど陣内を邪険にしているようではありません。
思うに、陣内ぐらいのバランスの人がちょうどいいのかもしれません。
生真面目すぎず、ふざけすぎず、正義感や使命感も強すぎず弱すぎない。
いい意味で、偏りのない人という印象です。
武藤とのコンビはもちろん、学生時代からの長い付き合いである永瀬とのコンビもいい雰囲気で、味わいのある会話が楽しめました。


少年犯罪に誰もが納得する理想的な解決をつけるのが難しいのと同じように、本作の物語も完全にきれいな結末がつけられているとはいえません。
大団円のラストとはいいがたく、どうしてももやもやしたものが残っている感じがします。
けれども、救いがないわけじゃない。
少しでもましな方向へ、ゆっくりでも着実に歩んでいこうとしている人たちの物語だという印象を受けました。
できればまた、武藤・陣内・永瀬の3人に再会したいものです。
☆4つ。


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