tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『北天の馬たち』貫井徳郎

北天の馬たち (角川文庫)

北天の馬たち (角川文庫)


横浜の馬車道で探偵事務所を始めた皆藤と山南。優秀で快活な彼らに憧れを抱いた喫茶店マスターの毅志は、2人の仕事を手伝うことになった。しかし、復讐や男女を引き合わせるといった、探偵としては奇妙な依頼を受ける彼らに、毅志は違和感を覚える。何か裏があると独自に調べ始めた毅志は、2人の隠された過去を知ることになり―。緻密な伏線が繋がったとき、驚愕の全貌が姿を現す。感動と衝撃のサスペンスミステリ。

巻末の解説によると、貫井さんの作家生活20周年を記念して刊行された作品とのことです。
もう20年選手なんですね、おめでとうございます。
デビュー作『慟哭』を読んだ時の衝撃は今でも忘れられません。
以来、貫井さんは新作が出れば必ず読みたくなる作家さんのひとりです。


横浜・馬車道にちょっと変わった構造の建物を所有しており、その1階で喫茶店を営みながら店子を探していた毅志の元にようやく現れた入居者は、皆藤と山南という探偵コンビの男たち。
彼らのスマートなかっこよさに憧れた毅志は、少しずつ探偵事務所の仕事を手伝い始めます。
そのうちに、2回連続で何やら奇妙な仕事の手伝いをすることになり、何かが変だと毅志が思い始めた矢先、皆藤と山南は姿を消します。
毅志は独力で彼らの行方を追って謎を探り始めますが――。


ふたり組の探偵が登場するので、最初はいわゆる「バディ (相棒) もの」かと思ったのですが、ちょっと違う感じです。
主人公は、あくまでも脱サラして母が営んでいた喫茶店のマスターとなった青年・毅志。
毅志の視点で皆藤・山南の探偵コンビが描かれます。
かなり優秀なやり手の探偵であるふたりに憧れる毅志の目を通して描かれるのですから、皆藤も山南も多少美化されているかもなぁと思いながら読んでいましたが、実際探偵として優秀で、二つ目の仕事のターゲットとなる男性とすぐに仲良くなって困難と思われた任務を達成したりするあたり、人当たりもよく魅力のある人たちなのだろうと想像できます。
それと比べると毅志が少々頼りない感じは否めないのですが、探偵仕事を手伝ううちに度胸がついて、皆藤や山南が驚くほどの調査能力を発揮する姿は、読んでいて気持ちいいものがありました。


また、舞台が横浜というのもいいですね。
なんとなく横浜は絵になる街という印象があります。
馬車道で探偵というと、島田荘司さんの「御手洗潔」シリーズを連想しますが、貫井さんも意識されたのでしょうか。
風情のある場所で活躍する探偵たち――実にいい雰囲気です。
そして、本作のよいところは、馬車道に限らず横浜のさまざまな場所を舞台にしているところです。
横浜に土地勘は全くない私ですが、観光案内ではない、住人の目線で描かれたリアルな横浜の街が目に浮かんでくるようでした。


毅志が手伝う二つの奇妙な仕事、そして全く無関係かに見えたそれらの仕事の意外なつながり、皆藤・山南が毅志に隠していたある思い――と、ミステリとしてのお膳立ては十分です。
でも謎解きは少々物足りない気がしました。
もう少し意外性のある展開が欲しかったところです。
サスペンス性ももうひと押し!というところでしょうか。
ただ、貫井さんの作品によく見られる重苦しい雰囲気や後味の悪さがほとんどないので、読みやすいのは確かです。
毅志や皆藤・山南をはじめとして登場人物も親しみやすい雰囲気の人物が多く、悪人も登場するものの、基本的には全編を通して気持ちよく読めます。
貫井作品初心者にもおすすめしやすい作品で、これはこれで悪くないなと思いました。
個人的には貫井さんには重厚なミステリを期待しているのですが……それは次作以降のお楽しみとしておきます。
☆4つ。