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本の感想、ときどきライブレポ。

『華胥の幽夢』小野不由美

華胥の幽夢 十二国記 (新潮文庫)

華胥の幽夢 十二国記 (新潮文庫)


王は夢を叶えてくれるはず。だが。才国の宝重である華胥華朶を枕辺に眠れば、理想の国を夢に見せてくれるという。しかし采麟は病に伏した。麒麟が斃れることは国の終焉を意味するが、才国の命運は―「華胥」。雪深い戴国の王・驍宗が、泰麒を旅立たせ、見せた世界は―「冬栄」。そして、景王陽子が楽俊への手紙に認めた希いとは―「書簡」ほか、王の理想を描く全5編。「十二国記」完全版・Episode 7。

こういう壮大な世界観を持ったシリーズものは、読んでいくうちにどんどん面白くなっていきますね。
ハリー・ポッター」シリーズしかり、上橋菜穂子さんの「守り人」シリーズしかり。
十二国記」シリーズもどんどん面白くなって、自分がどっぷりこの世界にハマってゆくのを実感できた7作目でした。


今回は短編集。
とはいえ読み応えは長編にも全く劣りません。
むしろいろんな国のいろんな人々のエピソードが1冊で読めるという点では、長編以上に充実した内容でした。
個人的には表題作ともいえる「華胥」に心を鷲掴みにされました。
一つの王朝が終焉を迎えるまさにその時を、国王の側近の視点で描いています。
十二国記の世界における王のあり方の設定が効いている物語だと思います。
この世界の王は天意によって選ばれ、老いることもなく病気やけがなどでは死なない肉体を手に入れますが、王としての道を外れる(失政する)と死を与えられることになります。
「華胥」で描かれる才国の王も失政によりやがて死の時を迎えるのですが、政治の過ちによって民衆を苦しめた王であっても、その死は決して当然のことのようには描かれていません。
才の王は先王の悪政を正そうとした熱意のある王で、王としての資質は十分にあったからこそ天によって王に選ばれた。
けれども王といえども「こうすれば国がよくなる」というような「正解」を知っているわけではないのです。
資質と実際の手腕はまた別の話なのでしょう。
それはこの現実の世界の政治家にも当てはまる話です。
そして、先王のやり方を批判・否定するということに集中してしまったあまりに、本当にやるべき政治を見失ってしまった。
これまた現実の世界でもよくあることなのではないでしょうか。
悪政の逆をやることがいい政治だとは限らないのです。
政治の難しさについて深く考えさせられる話でした。


もちろん、これまでのシリーズに登場した人物たちのその後やサイドストーリーが読めるのもうれしいところです。
個人的にはやっぱりシリーズ1作目の印象が強いせいか、陽子と楽俊が登場する「書簡」は読んでいて楽しかったです。
2人の立場も種族も超えた絆がとても印象的でした。
この2人の話はもっともっと読みたいなぁと思います。
陽子がいまだ困難の続く慶国を王としてどのように治めていくのか、楽俊が無事に大学を出ることができるのか、気になるポイントがいっぱいありますからね。
困難の多い道だと分かっていながら、それでも心折れることなく立ち向かっていく2人の姿を読んでいると、「頑張れ」とエールを送りたくなりますし、自分自身も頑張ろうという気になれます。
その陽子もちらりと登場する「乗月」もよかったです。
『風の万里 黎明の空』に登場する芳国の王の娘・祥瓊(しょうけい)のその後を知ることができます。
罪のない民衆を何十万人と死に追いやった芳国の王と王妃は、家臣たちの手によって殺され、祥瓊は国を追われました。
王を玉座から追放した人々の思い、そして今の祥瓊と、祥瓊を助けようとする人たちの思い――さまざま人々の思いが心に沁みます。
この話の中には、とても心を打たれた言葉がありました。

よく、そんなつもりじゃなかった、とか、そんな大事だとは思わなかった、と私たちは言うわけですけど、罪の重さを知らずにいること自体、それが一つの罪なんじゃないかな。


108ページ 5~7行目より

そう、無関心と無知は罪です。
自分の言動には責任と覚悟を持たなければならないと思いました。
その他、「冬栄」に登場する泰麒は相変わらずあどけなくかわいらしくて読んでいてキュンとするし(笑)、「帰山」での奏国の王とその妻子たちの家族会議の様子は読んでいて楽しく、しかもまだあまりこれまでの作品に登場していない国の様子もちらりとうかがうことができて、ますますこの十二国記の世界の幅を広げています。


楽しい気持ちになれる部分も、悲しい気持ちになる部分もあって、充実した内容の短編集でした。
十二国記の世界の魅力がどんどん広がっていくにつれて、シリーズの最初の方からまた読み直したいという思いが強くなってきましたが、まだ『黄昏の岸 暁の天』と、ファン待望の完全新作も刊行されるし、他の本も読みたいし……でうれしい悲鳴です。
とにかく私にとって今一番続きが待ち遠しいシリーズであることは間違いありません。
次作への期待も込みで☆5つ。