tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『後悔と真実の色』貫井徳郎

後悔と真実の色 (幻冬舎文庫)

後悔と真実の色 (幻冬舎文庫)


"悪"を秘めた女は駆除する――。若い女性を殺し、人差し指を切り取る「指蒐集家」が社会を震撼させていた。捜査一課のエース西條輝司は、捜査に没頭するあまり一線を越え、窮地に立たされる。これは罠なのか?男たちの嫉妬と裏切りが、殺人鬼を駆り立てる。挑発する犯人と刑事の執念。熾烈な攻防は驚愕の結末へ。第23回山本周五郎賞受賞作。

久々に分厚い骨太ミステリを読んだので、それだけでテンションが上がりました。
貫井さんの硬質で、でも決して冷たくはない文章のおかげで読みやすく、内容は猟奇的な連続殺人事件を扱っていて陰惨としていますが、とても楽しい読書になりました。


都内で若い女性が殺害される事件が発生。
その女性の遺体からは、人差し指が切り取られ、犯人が持ち去ったと目されました。
この事件は警視庁捜査一課九係が担当することになりますが、九係の刑事たちは個性派ぞろい。
その中でも若きエースとして優秀な成果を挙げてきた西條は、周囲のことや自分が他人からどう見られているかは気にかけず、ただひたすら自分の職務のために邁進する男でした。
やがて第二・第三の事件が起こり、「指蒐集家」を名乗る犯人に警察が翻弄される中、西條の立場を危うくする危機が迫ります…。


今までいろんなタイプのミステリを書いてこられた貫井さんですが、今回は警察組織内の人間模様に焦点を当てています。
若くて優秀で、刑事には珍しいようなスマートな色男である西條。
ですが、優秀な一方で自分本位なところがあり、周囲の人々の気持ちや立場を考えないところがあります。
そしてその欠点が徐々に西條を追いつめていくことになります。
中盤以降の急激な展開には驚かされました。
西條はミステリ的に言えば「探偵役」です。
ミステリの探偵役がとことんまで窮地に追いつめられ、優秀な刑事だったはずなのにある出来事を引き金に一瞬にして社会の最下層へと転落していくというありえない展開は、スピード感があって衝撃的で、ページを繰る手を止められなくなりました。
急激すぎる展開に少し強引さも感じられますが、ページ数を費やして丁寧に描かれてきた警視庁内の人間関係が説得力を持たせています。
強く出世を望んでのし上がろうと企む者、飄々としているようで実は鋭いところのある者、いろんなタイプの刑事がいて、それぞれの思いと立場が組織内で絡み合い、そこには仲間意識だけでなくしがらみも生じます。
西條は事件解決に向ける熱意は刑事として立派だと思うのですが、他人を思いやるというところが欠けています。
警察内だけでなく、家庭においても、西條がもう少し他者と向き合い、自分の思いをしっかり伝える努力をしていたならば、人生転落の憂き目には合わなかったのでしょう。
どん底に突き落とされて初めて自分の過ちに気付く西條が哀れでした。


そして、警察組織の人間ドラマだけではなく、しっかりミステリとしても驚きの展開を用意しているところが貫井さんらしいところです。
正直、事件自体はなかなか進展がなく、中盤まではミステリとしての面白さは薄いですが、西條の運命が大きく反転すると同時に、ミステリとしても急転していく展開が面白いと思いました。
犯人の正体は確信はしなかったものの、「あり得るかな」と思った人物が犯人だったので、それほど衝撃的ではありませんでしたが、それでも西條の転落も含めての伏線がきちんと張られていたことに感心しました。
『慟哭』ほどではないにしろ、少々読後感が悪いのも貫井ミステリらしさが感じられてよかったと思います。


かなりのボリュームの本ですが、読み終えてみればあっという間だった気がします。
読み応えたっぷりで、久々に充実感を味わえました。
☆4つ。