tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『赤ちゃんはまだ夢の中』青井夏海

赤ちゃんはまだ夢の中 (創元推理文庫)

赤ちゃんはまだ夢の中 (創元推理文庫)


もうすぐ新しい家族が加わるというのに、「新しい恋人のもとへ行きたい」「居候が多すぎる」「借金取りがやって来る」「上の子に厳しすぎる」と、どうしてどこのお宅も問題ばかりなのっ! 自宅出産専門の助産師コンビが遭遇した家庭のトラブルに、伝説のカリスマ助産婦・明楽先生の推理がますます冴え渡る。様々な家族の“謎”と“愛”を温かく描いた〈助産師探偵シリーズ〉最新作。

この作品は実はシリーズ3作目にあたり、『赤ちゃんを探せ』『赤ちゃんがいっぱい』と刊行されています。
前作の『赤ちゃんがいっぱい』からなんと9年ぶりの新作となったこの作品。
タイトルと作者名を見ただけでうれしかったです。


主人公は駆け出し助産師の陽奈ちゃん。
おっちょこちょいですが世話好きでもあり、自宅出産専門の先輩助産師・聡子さんとともに、担当する妊婦さんを取り巻く様々な問題に首を突っ込んでは解決しようと奮闘します。
けれどもまだまだ未熟な陽奈ちゃんには、解決が難しい問題も…。
そんなときに頼りになるのは、現在は引退して悠々自適の生活を送っている伝説のカリスマ助産婦・明楽(あきら)先生。
すでに70代半ばの先生ですが頭脳明晰で、陽奈ちゃんや聡子さんの話を聞くだけでそこに隠された真実を見抜き、トラブル解決の糸口を見つけてくれる、頼もしい安楽椅子探偵なのです。
今回も陽奈ちゃんと聡子さんが出会う妊婦さんたちは、お腹の子の父親が旦那ではなく別の男性で、しかも旦那の側も他の女性と関係があるらしかったり、弟とその友達という厄介な居候がいて家のことを何もやってくれなかったり、旦那さんが事業のために借金をしていて借金取りに追われていたり、上の子にとても厳しく当たって、隣家ともうまくいっていなかったり…。
とにかく様々な問題を抱える妊婦さんばかりです。
無事に心身ともに穏やかな状態で赤ちゃんが産めるよう、なんとかそれらの問題を取り除こうと陽奈ちゃんは頑張ります。


9年ぶりの新作でも、陽奈ちゃんは相変わらずおせっかいだなぁと思わず苦笑してしまいます。
先輩の聡子さんや、担当の妊婦さんたちに対しても、けっこう生意気な口をきいたりしています。
それでもあまり不快感がないのは、陽奈ちゃんが妊婦さんたちのためを思って必死になっているからなんですね。
赤ちゃんが無事に生まれるように、気がかりな事柄はできるだけ取り除いておきたい、と。
もちろんもともと野次馬なところもあるのでしょう。
でも、妊婦さんたちのトラブルに首を突っ込んでも、ただの野次馬なら興味本位の噂話をするくらいで、あとは放っておくはず。
正義感が強く、助産師としても熱心だからこそ、時に行きすぎではないかと思えるほど妊婦さんたちの個人的な事情に踏み込んで、なんとかしようとあがくのです。
聡子さんは陽奈ちゃんよりもずっとクールで、陽奈ちゃんにとってはそれが少し不満に思えることもあるようですが、だからと言って聡子さんが妊婦さんに対して無関心で冷たい人間だというわけではありません。
それが一番表れているのが、この本の最終話である「守ってください」だと思います。
上の子にどうしてもつらく当たってしまう妊婦さんに対し、陽奈ちゃんは持ち前の正義感で苛立ちを募らせますが、聡子さんは一見落ち着いた様子。
ですが最終的には聡子さんがその妊婦さんに最適な助言をするのです。
なぜならその妊婦さんが抱えていた問題は、聡子さん自身が抱えていた問題でもあったから…。
聡子さん自身の事情にも踏み込んだこの話、ラストはなかなか感動的で、ジーンとしました。


ミステリ度は低めで、読者が謎解きに挑戦できるタイプのミステリでもありませんが、人が死なないどころか、人が生まれるミステリという点でやはり心地よく読めます。
少し残念だったのは、赤ちゃんが生まれるシーンが少なかったところでしょうか。
今後もシリーズが続いて、陽奈ちゃんの成長も見られるといいなと思います。
☆4つ。