tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『オリンピックの身代金』奥田英朗



昭和39年夏、東京はアジア初のオリンピック開催を目前に控えて熱狂に包まれていた。そんな中、警察幹部宅と警察学校を狙った連続爆破事件が発生。前後して、五輪開催を妨害するとの脅迫状が届く。敗戦国から一等国に駆け上がろうとする国家の名誉と警察の威信をかけた大捜査が極秘のうちに進められ、わずかな手掛かりから捜査線上に一人の容疑者が浮かぶ。圧倒的スケールと緻密なディテールで描く犯罪サスペンス大作。

うん、これは面白かった。
昭和39年という時代の風俗や世相も興味深かったし、東京オリンピックを狙ったテロ事件というサスペンス性もよかった。
社会派小説の側面もあればスリルいっぱいのサスペンスという側面もあって、いろいろな角度から楽しめる作品だと思いました。


東京オリンピックを間近に控えた東京は、空前の建設ラッシュに沸いていました。
新幹線にモノレール、首都高速などの開通や東京タワーや日本武道館といった新しい建物の完成に、人々が新しい時代の到来を肌で感じ、浮き足立っている中、その空気に水を差すような連続爆破事件が起こります。
やがて送られてきた爆破犯人からの脅迫状には、東京オリンピックを人質に身代金を要求する内容が書かれていました。
犯人の目的とは?
そして警察は犯人を捕まえ、無事にオリンピックを開催させて、国家の面子を保つことができるのか…。


東京オリンピックを知らない世代の私にとっては、上巻で描写される当時の世相や風俗がとても興味深く、面白かったです。
戦後急速に復興を遂げ、オリンピックを招致して国際社会へ本格的に復帰を果たそうとしている日本。
新しい交通機関や建物ができて、どんどん新しい国へと生まれ変わっていく、その活気のある描写に、私の心も浮き立つような気がしました。
街にはビートルズが流れ、ジーパンのような新しい文化がどんどん欧米から入ってきて、若者たちが「これからは自分たちの時代だ」と誇らしく思えるような、希望に満ちた時代。
今の停滞気味の日本に比べるとまるで光と闇ほどに違う時代の空気に、思わずため息が出そうになります。
けれども、その一方ではまだまだ本当の貧しさも残っていた時代だということに考えさせられました。
東京はどんどん繁栄し豊かになっていくのに、地方の農村部ではまだ出稼ぎをしなければ食べていかれず、自由に旅行などもできない貧しい暮らしから脱却できないでいる。
東京オリンピック開催による建設ラッシュを支えるのは、そうした貧しい地方から出稼ぎにやって来た人夫たちで、低賃金で過酷な労働に従事させられ、仕事中に怪我をしたり亡くなったりしても顧みられず、安く使い捨てられていくという現実…。
今も格差の時代などと言われますが、おそらく昭和39年の頃の方がもっと格差は大きく、貧富の差が歴然とあったのではないかと思います。
それを考えると、若者が希望を持てた時代とは言えども、豊かで平和で便利な今の時代の方がやはり恵まれていると言えるのではないかなと思いました。


連続爆破事件の展開を追うサスペンス的側面はさすがの面白さです。
同じくサスペンス作品の『最悪』や『邪魔』も本当に面白かったですからね。
このあたりは作者の真骨頂と言えるでしょう。
犯人側の視点、犯人の周りの人物の視点、犯人を追う警察の視点と、大きく分けて3つの視点から物語が語られますが、どの視点から読んでも面白いです。
犯人側からの視点では、次はどのようにして警察を出し抜くのだろう、うまく逃げおおせるのだろうかとハラハラし、犯人の周りの人物の視点では、ただの一般人のはずの人物がどのように事件に関わることになるのか気になりますし、警察の視点では果たしてオリンピックを妨害されることなく無事に犯人を捕まえられるのかとドキドキします。
特にラストの東京オリンピック開会式場を舞台にした捕物劇は、久々に手に汗握り、ドキドキするような感覚を味わえました。
映像化してもきっと面白いものになると思います。
ラストがちょっとあっさりしすぎと言えばあっさりしすぎな気もしますが、それまでの展開が十分な盛り上がりを見せていたので、読後感はすっきり気持ちよく、満足感がありました。


社会派でありながら、エンターテインメントとしても上質な作品。
日本の現代史の一端を垣間見れるようなスケールもあり、本当に面白く、楽しく読めました。
☆5つ。