tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『赤い指』東野圭吾

赤い指 (講談社文庫)

赤い指 (講談社文庫)


少女の遺体が住宅街で発見された。捜査上に浮かんだ平凡な家族。一体どんな悪夢が彼等を狂わせたのか。「この家には、隠されている真実がある。それはこの家の中で、彼等自身の手によって明かされなければならない」。刑事・加賀恭一郎の謎めいた言葉の意味は?家族のあり方を問う直木賞受賞後第一作。

直木賞を受賞した『容疑者Xの献身』は謎解き(倒叙ミステリですが)を主眼とした作品でしたが、こちらは現代の日本社会が抱える老人介護や子どもの教育など家庭にまつわるさまざまな問題に主眼を置いた社会派ミステリです。
東野圭吾さんの作品は読んでいて不快な気持ちになるものも少なくありませんが、この作品もその一つでした。


「平凡」なはずだった、夫婦とその一人息子という家族。
ところが中学生の息子が幼い少女を殺してしまったことから、家族は最悪の道をたどり始めます。
とにかく読んでいる間中この家族にはイライラさせられました。
主人公である父親は、仕事を言い訳に家庭内の厄介な問題からは目を背け続けてきたサラリーマン。
日本人男性にはよくいるタイプと言えるのかもしれませんが、あまりにも無責任な態度にイライラ。
その妻である母親は、夫にはスーパーで買ってきた惣菜を食べさせる一方で息子には甘すぎ。
同居の義母の世話も夫の妹に任せきりで、その冷たさにイライラ。
中学生の息子は完全に根性が曲がってしまっていて、あまりにもひねくれた子どもっぽい態度にこれまたイライラ。
そしてこの家族が直面した事件の後始末として彼らがひねり出した最低最悪のシナリオにもやはりイライラしました。


ただ、こんなそれぞれが自分のことしか考えない身勝手な家族になってしまった、その分岐点はどこにあったのだろう。
息子がいじめに遭ったこと?
主人公の父親が亡くなって、遺された母親を引き取ったこと?
主人公の妻とその姑との仲がうまくいかなくなったこと?
それとも、もっと遡って、主人公と妻が見合いでなんとなく結婚したこと…?
どんな家庭にもさまざまな問題が降りかかるのは当然のことだと思います。
嫁姑問題も、子どもの教育問題も、親の介護問題も、ほぼ全ての家庭が無縁ではいられないと言っていいくらいのありふれた問題でしょう。
でも、そうした問題が家庭崩壊の危機に至る契機になるのだとしたら、それはそうした問題への対処の仕方をどこかで少し間違ってしまったからではないかと思います。
この作品に書かれている家族の場合、その「間違い」とは、つらいことや面倒なことや見苦しいことなどの現実から目を背け、逃げることだけを考えてきちんと向き合おうとしなかったことではないかと思いました。
最後の最後になって主人公が最悪の選択を思いとどまることができたのは、彼がもとはそれほど悪い人間ではなかったからだと思います。


ただ、どうしてもっと早くに踏みとどまれなかったのだろうと考えると切なくなります。
壊れかけた家庭の軌道を元に戻し、立て直していくチャンスは、こんな最悪な事件を起こす前にも何度もあったはずなのに。
後から悔いてももう遅いのですが、自分たちが犯した間違いに自分で気付くよう仕向けた加賀刑事のせめてもの情けが救いでした。
やっぱり東野作品のシリーズキャラクターの中では加賀刑事が一番好きだなぁ。
頭脳明晰で、冷静で、かと言って冷たすぎず人情もきちんとあって。
加賀刑事自身の家庭の問題も描かれていて、主人公一家との対比が興味深かったです。
読んでいる間はずっと不快感がつきまとっていましたが、ラストシーンは感動的で、読後感としては悪くなかったです。
その読後感のよさも加賀刑事のキャラクターのおかげだと思います。
今後の加賀刑事の活躍がますます楽しみになりました。
☆4つ。