tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『その日のまえに』重松清

その日のまえに (文春文庫)

その日のまえに (文春文庫)


僕たちは「その日」に向かって生きてきた――。昨日までの、そして、明日からも続くはずの毎日を不意に断ち切る家族の死。消えゆく命を前にして、いったい何ができるのだろうか……。死にゆく妻を静かに見送る父と子らを中心に、それぞれのなかにある生と死、そして日常のなかにある幸せの意味を見つめる連作短編集。

家族や友人など、大切な人の死。
こんな「泣かせの切り札」を詰め込んだ連作短編集なんて、ずるいよ重松さん。
宮沢賢治の「永訣の朝」を引用するとか反則でしょ。
これで泣けないわけがないじゃない。
題材としてはありふれているかもしれません。
でも、ありふれた題材に真っ向から取り組み、しっかりと読者に涙を流させてくれる重松さんのような作家の存在は、絶対に必要だと思うのです。


「どのように死と向き合うか」という問いは、結局のところ「どのように生きていくか」ということと同じなのだと、この作品を読んで思いました。
この世に生まれ出た命全てに等しくいずれ訪れる死。
避けることができないことだからこそ、どのようにそれと向き合っていくかを考えることは、当然のことだと思います。
私は今年初めに祖父を亡くしたのですが、祖父の死を目の当たりにして考えたことは、自分はどのように死にたいだろうかということでした。
祖父は平均寿命の年齢を超えて、十分に生きたと言える年齢でした。
病気になったことは辛かったかもしれないけれど、子どもや孫に見守られ、眠るように息を引き取ったこと自体は、悪くない死に方だと私には思えました。
できれば私もこんなふうに死ねたら、とも思いました。
でも、死に方は自分では選べない。
自殺だって、「自ら死を選ぶ」なんて言い方をするけれど、最初から自殺を目指して生きる人なんていないはず。
結局は自殺を選ぶしかない状況に追い込まれるということであって、それは自分で死に方を選ぶということではないと私は思います。
自分では選べないことだからこそ、不安も恐怖も抱いてしまう。
今はもちろんまだ死にたくないし、死ぬわけには行かない。
でもだからってあんまり長く生きすぎて、周りの人たちがどんどん亡くなっていって自分だけ残されるのは辛い。
できれば老衰で眠るように亡くなるというのが理想だけど、そう簡単には行かないのが現実。
重い病気で痛みに苦しみもだえながら死んでいくのはやっぱり嫌だし、事件や事故や戦争などで死んでしまうのは無念だし。
だったら何の前触れもなく何かの発作か卒中で突然死とか、夜普通に眠りについて朝になったら死んでいたというのが楽かな?と思いきや、持病で医者にかかっていない人の突然死は事件性がないのが明らかでも警察を呼ばなければならないという話を聞いて、それは残される人が大変だからやっぱりダメだなと思ったり…。
「自分の望む死に方」なんて、そんなものあるのだろうかと思います。
でも、それは私にまだまだ死にたくないという生への執着と、死をまだ遠いものとしか感じられない部分があるからではないかと思います。


同時に、私はまだ本当に身近な人の死というものを経験していません。
父や母や弟や友達を失う時の悲しみはきっと、祖父の死とは比べ物にならないでしょう。
そんな時が来た時に、私はどんなことを思い、どんな影響があるのか、それを想像すると泣き出したくなるほど怖くなります。
でも、いずれは身近な人の死にも直面しなければならない日がきっと来るのでしょう。
受け入れがたいであろう大切な人の死とどのように向き合い、どのように見送り、どのように悲しみから立ち直り、どのようにその人のいない残りの人生を生きていくか…。
答えが出るわけではない、と、作中にも書かれています。
でも、それを考えることは決して無駄じゃない。
なぜなら、死について考えることは、生について考えることと同じだから。
この作品を読んで、そう思いました。
絶対に誰もがいつかは直面しなければならない宿命を真っ向から描いたことに、潔ささえ感じます。
真っ向から描いた作品だからこそ、読者も真っ向から受け止め、考えさせられます。
収録されている短編のどれをとっても、どの部分をとっても、涙がじわりと滲んできますので、自宅でひとり静かに読むことをおすすめします。
☆5つ。




♪本日のタイトル:Mr.Children 「旅立ちの唄」より