tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『分身』東野圭吾

分身 (集英社文庫)

分身 (集英社文庫)


私にそっくりな、もう一人の私がいる!?自分にそっくりな東京の女子大生・双葉をテレビで見て驚く札幌の女子大生・鞠子。2人を結ぶ宿命の絆とは何か?迫真のサスペンス長編。

上記のあらすじは集英社のサイトに掲載されていたものなのですが…おいおい、この文章書いた人、この本ちゃんと読んでないでしょ?
鞠子は双葉が出たテレビは見てませんよ??
こんなでたらめなあらすじが堂々と出版社のサイトに載っていていいのか…。


でも、鞠子と双葉、北海道と東京で全く別々に育ち、赤の他人だったはずの2人が、そっくりを通り越して全く同じ顔をしているというのは本当。
はじめは鞠子のパートと双葉のパートが全く別々に、交互に語られていきます。
別々だったはずの物語はやがて交差し、2人の出生に関する驚愕の真実が語られます。
緊迫感たっぷりにテンポよく物語が進んでいき、先が気になって読むのがやめられなくなるところはさすが東野作品。
東野さんの抑え目の簡素な文体は、この『分身』以外にも『宿命』や『変身』など、医療サスペンス作品で特に活きていると思います。
背筋がぞくっとするような怖さがあるのですが、それゆえに物語に引き込まれてぐいぐい読まされます。
ついでに言うなら物語の締め方が上手いのも東野さんの良いところでしょう。
『宿命』も『変身』もそうでしたが、『分身』もこれ以外にはありえないというような絶妙な終わり方で、ラストシーンの先にどのような展開があるのかと想像をめぐらせずにはいられません。
読み終わった後も物語の余韻に浸っていられるのは、いい物語である証ですね。


そして、もう一つ東野作品でいつも感心させられるのはその題材の選び方です。
いつも時代を先取りした題材を扱っていて、それだけではなく鋭い視点でその題材に深く切り込んでいく姿勢が素晴らしいと思います。
この作品では体外受精をはじめとして、人の命の誕生の過程に人間が介入する、最先端の生殖医学を取り上げています。
今でこそ体外受精はそれほど珍しくないものになりましたが、この作品が書かれた1993年当時はまだ目新しい技術だったはずです。
登場人物の一人は「試験管ベビー」などという少々懐かしい言葉を使ったりもしています。
そして、東野さんは生殖という神の領域とされていた部分に人間が手を出していくことへの警告をこの作品に込めています。
体外受精不妊のカップルには救いの手でしょうし、罪悪感を抱くことはないかもしれませんが、ではそれ以上となるとどうなのか。
配偶者以外の人物の精子や卵子を使う場合は?
代理母は?
どこまで許されるのか…それは人によって意見が異なるところでしょう。
でもこの作品に描かれていることに関しては、やはり行き過ぎだろうという感じがします。
倫理的にどうこうと言うより、生理的な嫌悪感が沸いてきます。
でも、もしかしたらこの作品に描かれているようなことが、将来世界のどこかで現実に起こってしまうのではないかという漠然とした不安が拭いきれません。
そういう意味で、『分身』はとても怖い話だと思います。


ある意味怪談やホラーよりもずっと怖いサスペンス作品。
暑さでボーっとした頭でも読みやすく、おすすめです。
☆4つ。