tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『グラスホッパー』伊坂幸太郎

グラスホッパー (角川文庫)

グラスホッパー (角川文庫)


妻の復讐を目論む元教師「鈴木」。自殺専門の殺し屋「鯨」。ナイフ使いの天才「蝉」。3人の思いが交錯するとき、物語は唸りをあげて動き出す。疾走感溢れる筆致で綴られた、分類不能の「殺し屋」小説!

なぜかこの本、Amazonでのジャンル分けが「洋書」になってる??
――なんでやねん。


伊坂幸太郎さん初の本格ハードボイルド小説。
ハードボイルドはあまり好きではないのですが、伊坂さんの作品はさすがにリーダビリティが高く読みやすかったです。
無残に殺された妻の復讐のために、怪しげな会社でキャッチセールスの仕事をしながら機会をうかがう鈴木、ターゲットとなった人物に会って自殺をさせる大男「鯨」、鮮やかなナイフさばきで次々にターゲットを殺してゆく「蝉」。
3人のキャラクターがはっきりとしていて、どの人物の視点から書かれていても面白く読めました。
最初はバラバラだった3人が、ある交通事故に関わった一人の男を追うところから次第に交差し始めるのですが、そのあたりの展開がスピード感があって面白かったです。
作中で多くの死人が出、真正面から「死」を描いた作品ですが、「死」を描くことによって逆に「生」を浮かび上がらせている作品ではないかとも思います。
殺し屋である「鯨」と「蝉」は2人とも簡単に淡々と人を殺すという仕事を遂行しているように見えて、それぞれそれなりに苦しんでいます。
妻を理不尽に殺された鈴木は自分の運命を呪いながらも「やるしかないじゃない」という亡妻の言葉に励まされながら、復讐のために危険へ足を踏み入れていきます。
それぞれの「生」における理不尽、困難、悲劇、苦悩が「死」との対比によって浮かび上がり、一見「死」のほうが「生」より楽なのではないかとも思えるのですが、3人のそれぞれの結末にはやはり「生」の方に希望が見えるような気がしました。
鈴木が働く会社の上司にあたる女性が吐く次のセリフが特に印象に残りました。

「世の中に酷くないことってないでしょ?生まれた時から、死ぬのが決まってるというのがすでに酷いんだから」


286ページ 1〜2行目

命の終わりは神に決められた運命であっても、その運命の中でもがき、頑張ることこそが、生きるということなのかな、と思いました。


それにしても殺し屋の「鯨」が怖いですねぇ…。
ターゲットと会うだけで自殺に追いやってしまうというのは、一体どんな能力なのでしょうか…。
実際にいたら怖いですが、彼の背負っている宿命は気の毒なようにも思えました。
死人がたくさん出るわりには、なぜか不思議な爽快感のある作品です。
☆4つ。