tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『博士の愛した数式』小川洋子

博士の愛した数式 (新潮文庫)

博士の愛した数式 (新潮文庫)


記憶が80分しか持続しない天才数学者は、通いの家政婦の「私」と阪神タイガースファンの10歳の息子に、世界が驚きと喜びに満ちていることをたった1つの数式で示した…。
頻出する高度な数学的事実の引用が、情緒あふれる物語のトーンを静かに引き締め整える。著者最高傑作の呼び声高い1冊。

言わずと知れた第一回本屋大賞受賞作品。
こんなに早く文庫で読めるとは思っていませんでした。
新潮社さんありがとう!
できればこの調子で『夜のピクニック』も来年中に文庫化よろしくお願いしますm(__)m


「記憶が80分しか持たない」。
とても切ない設定ですが、この物語は決して悲しいお話ではありません。
むしろ、ぽかぽかと心が温まる、この季節にはぴったりのお話です。
博士の記憶は80分しか持たないので、通いの家政婦さんとその息子のことも覚えていることができず、結果として3人は毎日同じ会話を交わすことになります。
それでも彼らの関係は、まるで何年も付き合ってきた親友同士か、あるいは家族のように、深い親愛の情があふれています。
そして、彼ら3人を結びつけたものが、数式と阪神タイガースなのです。
記憶に障害を持った老数学者、30歳前の家政婦、10歳の少年、数学、阪神タイガース
一見バラバラなのに、実に美しく、見事に結びついています。
数や数式の美しさと、阪神タイガースの試合のあのにぎやかさ…というか騒々しさが同じレベルで語られるとは思いもしませんでした。
博士の(小川洋子さんの?)手にかかると阪神タイガースまで美しいものになってしまうのですね。
でもここはやっぱり阪神タイガースでないと駄目なんです。
巨人でもロッテでもソフトバンクでも駄目(笑)
タイガースだからこそ、この作品のよい味付けとなっているのです。


数学的内容に関しては、私は数学が苦手、というかそもそも数そのものが苦手なのでどうかなぁと思っていましたが、とても楽しく読めました。
博士が語る数や数式の美しさも伝わってきました。
対数とか虚数とか、かなりもう忘れてしまっていて(^_^;)、一生懸命思い出し、考えながらでないと読めない箇所もありましたが、今まで苦手意識ばかりが先行して遠ざけてきた数学の持つ魅力が、ほんの少しだけれど理解できたような気がします。
できれば高校生の時か、せめて大学生の時にでもこの作品に出会っていたら、もう少し前向きに数学の勉強に取り組めたかもしれないと思うと残念です。
一番印象的だったのは「ゼロ」の発見の話ですね。
博士の言う通り、「ゼロ」って本当に美しくて偉大な数字だと思いました。
また、数式が表す世界や真理の大きさにも驚かされました。
数や数式って、とても雄弁なものなのですね。
以前、「学問としての数学をやるには、何より国語力が必要だ」という話を聞いたことがあるのですが、この作品を読んでその意味が分かったように思います。
文系・理系で区別されていても、実は両者とも「言葉」と結びついているという点で同じなのかもしれませんね。
この年になってようやく数学に少し親近感を持つことができました。
小川洋子さんに感謝したいです。
☆4つ。