tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

2021年10月の注目文庫化情報


今年もあと3か月を切り、時の経つのは早いものだとため息が出ます。
今月は伊坂さんの作品が読めると思うとうれしいですね。
けれども現在、自分史上最多の積読本を抱えているので、とにかくどんどん読み進めていかなければなりません。
読みたい本が増えるばかりで、読書の時間を増やすことがなかなかできないのが最近の悩みです。
あれもこれも読みたいと欲張るのがいけないのか、単純に時間の使い方が下手なのか……。
何かいい工夫ができないものか、考えたいと思います。

『氷獄』海堂尊


「私が絞首台に吊されるその時、日本の正義は亡びるのです」。新人弁護士・日高正義が初めて担当する事件は、2年前、手術室での連続殺人として世を震撼させた「バチスタ・スキャンダル」だった。被疑者の黙秘に苦戦し、死刑に追い込めない検察。弁護をも拒み続ける被疑者に日高正義は、ある提案を持ち掛けた。こうして2人は、被疑者の死刑と引き換えに、それぞれの戦いを開始する―。(「氷獄」)『チーム・バチスタの栄光』のその後を描いた表題作を含む、全4篇。待望のシリーズ最新作。田口・白鳥も登場!

チーム・バチスタの栄光』から始まってどんどんその世界を広げていった「桜宮サーガ」シリーズの新作が久しぶりに登場しました。
短編集ですが、シリーズの各作品の後日談を中心としていて、シリーズの読者なら決して読み逃すことはできない充実した内容です。
収録作品4点、どれも面白かったので、それぞれについて感想を書いてみたいと思います。


「双生」
桜宮すみれ・小百合の双子姉妹が田口公平の外来で研修をしているときのエピソードです。
姉妹でも対照的なすみれと小百合で、口の悪いすみれが担当医だったら正直嫌だなあと思ってしまうのですが、そんなすみれが医師として非常に優秀で、洞察力もあることがうかがえて、「人は見かけによらない」を地で行くような話でした。
田口も気の強いすみれに振り回されているのかと思いきや、意外に (失礼) しっかり指導医の役割を果たしていて、そんなところもシリーズファンには楽しい一篇です。


「星宿」
シリーズ2作目『ナイチンゲールの沈黙』の後日談で、東城大学医学部付属病院小児科の看護師・翔子が、担当患者である男子中学生の「南十字星を見たい」という願いを叶えるため奔走するお話です。
この話はシリーズ初期の登場人物が次々に登場してくるのでとても懐かしい気持ちになります。
「その後」が気になっていたあの人物も登場し、病と闘う男子中学生の願いを叶えるために不可能を可能にしようと動く大人たちの思いの温かさに胸いっぱいになりーーと、非常に読後感もよく楽しい作品でした。


「黎明」
東城大学医学部付属病院のホスピスに入所した末期がんの妻と、その夫の物語。
治る見込みがないとわかっていても、藁をもつかむ思いでいろいろ試してみたい、最後まで抗いたいという末期がん患者とその家族の思いは当然のものだと思います。
けれどもホスピスの方針は、治療はせず死を受け入れようというもの。
それもまた末期がんとの向き合い方としては間違っていないように思え、自分が当事者になったらどちらの方に心が動くだろうかと考え込んでしまいました。
本作にはちょっと怪しげな水を飲むという、いわゆる「代替医療」といわれるものが登場します。
個人的にはそのような「治療法」は否定したいのですが、治る見込みの低い患者に限りある医療リソースを注ぎ込むことが正しいとも思えず、そうなると最後まで抗いたいという患者や家族の願いに応えるという意味で代替医療も存在意義があるのかもしれないと、複雑な気持ちにさせられました。


「氷獄」
表題作はボリュームたっぷり、内容も非常にみっちり詰まっていて読み応え満点でした。
苦労人の新人弁護士・日高正義がバチスタ事件の被疑者の国選弁護人となって、裁判に挑んでいく話です。
普通、ミステリ小説というのは犯人が判明し真相が明かされたらそこで終わりです。
警察に逮捕された後、犯人がどう裁かれるかまでは書かれることがないのですが、その普通は書かれない領域に踏み込んでいるところに新鮮味がありました。
しかも日高の弁護士になるまでの物語も面白く、紆余曲折を経てバチスタ事件のみならず、極北市の妊産婦死亡事故事件にも関わっていく過程も、シリーズ読者なら興味津々でしょう。
白鳥のロジカルモンスターぶりは相変わらずでセリフ回しも愉快だし、曲者ぞろいの関係者にもまれながら司法の闇に切り込み自分の弁護士としての立ち位置を定めていく日高の弁護士としての成長物語としても楽しめました。


話の性格上、「桜宮サーガ」シリーズのネタバレ満載なので、本作からシリーズに入るというのは絶対におすすめできませんが、シリーズ読者ならば楽しめること間違いなしです。
個性的な登場人物たちによるユーモアや皮肉に満ちたエンターテインメント性と、医療と司法の関係を描く深いテーマ性とが融合した、濃密な作品集でした。
☆4つ。




●関連過去記事●
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『隠れの子 東京バンドワゴン零』小路幸也


江戸北町奉行所定廻り同心の堀田州次郎と、植木屋を営む神楽屋で子守をしながら暮らしている少女・るうは、ともに「隠れ」と呼ばれる力を持つ者だった。州次郎はたぐいまれな嗅覚を、るうは隠れの能力を消す力を……。州次郎の養父を殺した者を探すべく、ふたりは江戸中を駆け巡る。それはまた隠れが平穏に暮らすための闘いだった。「東京バンドワゴン」シリーズのルーツとなる傑作時代長編小説。

東京バンドワゴン」シリーズのスピンオフ的な位置づけである本作ですが、なんとまさかの時代小説。
しかも小路さんが時代小説を書かれるのは、これが初めてとのことです。
初のスピンオフにいきなり作家として初挑戦のジャンルを選ぶとはなかなか大胆ですが、実際に読んでみて、小路さんは時代小説もテレビの時代劇もお好きなんだろうなと感じました。


しかも本作はただの時代小説ではありません。
「隠れ」と呼ばれる特殊能力を持つ者たちの戦いを描いた、SFチックなバトルものなのです。
こう書くと時代小説としては邪道のような雰囲気も漂いますが、個人的には宮部みゆきさんの作品で超能力者×時代小説という組み合わせにはなじみがあったため、あまり違和感を感じませんでした。
本作のうまいところは、「隠れ」の特殊能力の具体的な内容がなかなか明かされないところです。
しかも、ほとんど説明もないままに、「ひとり隠れ」だの「ひなたの隠れ」だの「闇隠れ」だのと、どんどん新しい言葉が登場します。
説明がないからこそ、え、これって何?この物語はどういうお話なの?と気になってどんどん読み進めずにはいられないのです。
こうした謎の言葉の意味がわかるようになるのは、物語が後半に入ってから。
そして言葉の意味がすべてわかったころには、ある悪の組織との決戦が間近に迫るという物語の佳境に入るので、今度はその戦いの行方が気になってページを繰る手が止められません。
戦いの場面も迫力があって面白く読めましたし、「隠れ」の人々の特殊能力の使い方が多彩で、超能力ものとしても興味深いものでした。


東京バンドワゴン」シリーズのファンとしては、シリーズとのつながりが気になるのは言うまでもありません。
タイトルにもちゃんと「東京バンドワゴン」と入っていることですしね。
登場人物のひとり、江戸北町奉行所定廻り同心の堀田州次郎が、「東京バンドワゴン」シリーズの堀田家のご先祖様ということですが、本作は江戸時代のお話で、登場人物の視点から描かれているため、作中に明確に「ご先祖様である」と明言されているわけではありません。
そして、堀田州次郎以外にシリーズとのかかわりをほのめかすような人物や物事も登場しません。
それでも、やっぱりこの作品は間違いなく「東京バンドワゴン」シリーズに連なる作品なのだと感じました。
何かの騒動や問題が起こってそれを家族や近隣の人々の力で解決していく筋書きや、柔らかく優しい雰囲気の文体が、シリーズに共通のものだと思うのです。
堀田州次郎が男性でも見とれてしまうような美形であるというのは、「東京バンドワゴン」シリーズの登場人物、堀田青を彷彿とさせ、もしかして州次郎の遺伝子が後の世代の青に強くあらわれたのかな、なんて想像して楽しい気持ちになりました。
さらに、結末の展開は同じく「東京バンドワゴン」シリーズの我南人がその場にいたら「LOVEだねえ」というあのおなじみのフレーズが放たれるところではないかと思ったりもしました。
こんなふうに、読者の想像力次第で「東京バンドワゴン」シリーズとのつながりや共通点をあちこちに見つけることができそうです。



時代小説+超能力ものとして普通に面白く、登場人物たちも個性的かつ魅力的で、「東京バンドワゴン」シリーズをまったく知らない人でも十分楽しめるであろう良作です。
最後には続編につながりそうな種まきもしっかりなされていたので、今後の展開も考えられているのかもしれません。
本編シリーズの続きが楽しみなのはもちろん、スピンオフのさらなる展開にも期待したいと思います。
☆4つ。




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