tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

2020年10月の注目文庫化情報


「読書の秋」と言える気候になりましたね。
とはいえ、秋はやりたいことが多い季節ですし、いつもあっという間に終わってしまいます。
時間を有効に使って、本もたくさん読みたいです。


今月はミステリ寄りですね。
やっぱり秋の夜長に似合うのはミステリだから……?
貫井さんの『宿命と真実の炎』が楽しみです。
知念さんの医療ミステリも。
読書の秋を満喫できるといいなぁ。

『凍てつく太陽』葉真中顕

凍てつく太陽 (幻冬舎文庫)

凍てつく太陽 (幻冬舎文庫)


昭和二十年、終戦間際の北海道・室蘭。逼迫した戦況を一変させるという陸軍の軍事機密をめぐり、軍需工場の関係者が次々と毒殺される。アイヌ出身の特高刑事・日崎八尋は「拷問王」の異名を持つ先輩刑事の三影らとともに捜査に加わるが、事件の背後で暗躍する者たちに翻弄されていく―。真の「国賊」は誰なのか?かつてない「戦中」警察小説!第21回大藪春彦賞&第72回日本推理作家協会賞ダブル受賞!

いやあ、これは面白かったです。
600ページを超える分厚い本ですが、展開が気になってどんどん読み進められるので、全く長さを感じません。
スケールの大きさも、スリルたっぷりでスピーディーなストーリー展開も、ミステリとしての意外性も、すべてが圧巻でした。


舞台は太平洋戦争末期、北海道の室蘭。
主人公の日崎は特高課の刑事で、冒頭からいきなり潜入捜査の任務に就く場面が描かれ、否応なく物語に引き込まれます。
その後も同僚刑事から罠にかけられて殺人事件の犯人として逮捕され、拷問された挙句に、網走刑務所からの脱獄、逃亡、さらには羆 (ヒグマ) との戦いまで経験してしまう日崎に若干の憐れみを覚えつつ、危機に次ぐ危機から目が離せません。
製鉄会社の工場で起こる連続殺人事件がストーリーの中心に据えられており、その真犯人を追うという展開はスタンダードなミステリだといえますが、そこに警察小説、冒険小説、戦争小説といった要素もふんだんに盛り込まれ、それらすべてが破綻なく絡み合って完成度の高いエンターテインメントに仕上がっています。
さらには、アイヌ朝鮮人といった大日本帝国における民族問題や、「愛国心」というもののあり方、個人と国家との関係を問う社会派の一面も持った作品です。
非常に読みどころが多く、それでいて重すぎず軽すぎない絶妙なバランスに舌を巻きました。


高校の修学旅行で北海道のアイヌの集落を訪問したことがあり、個人的にアイヌ文化や先住民問題に関心を持っていたため、本作のアイヌにまつわる部分には特に興味を持って読みました。
大日本帝国による皇民化政策で帝国臣民として扱われることになったアイヌ民族
アイヌの母を持つ主人公の日崎も、帝国臣民として国のために生きたいという思いが強く、そのために特高刑事として働いています。
けれども、いくら日崎が自分のことを帝国臣民だと思っていても、アイヌ大和民族ではないのだから格下で、蔑むべき存在だと考える人がいて、理不尽な扱いやいわれのない差別を受けるというのは、この小説の作り話ではなく、現実に起こったことでしょう。
これは植民地政策によって帝国臣民とされた朝鮮人にもいえることです。
差別した側の日本人にしても、軍国主義教育を受けて育ち、特高憲兵が目を光らせる中で生きなければならない不自由さを思えば、一方的に日本人が悪かったともいえません。
けれども、大和民族と同等の扱いをする気などないにもかかわらず他民族を形ばかりの日本人に仕立て上げ、愛国心を煽り戦争を推し進めた欺瞞と矛盾に、頭がくらくらするような虚しさを感じずにはいられませんでした。
物語中盤で、ある人物が共産主義ソ連 (ロシア) がやっていることと帝国主義大日本帝国がやっていることはほぼ同じであると指摘する場面があります。
「国だの民族だのっては、誰かが勝手にそう決めているだけの、まやかしかもしれねえ」という言葉が、最後まで頭にこびりついて離れませんでした。


終盤のどんでん返しと事件の真相には驚かされました。
久しぶりに骨太のミステリ小説が読めて大満足です。
映像映えしそうな作品でもあるので、映画化など期待したいですね。
☆5つ。

『マカロンはマカロン』近藤史恵

マカロンはマカロン (創元推理文庫)

マカロンはマカロン (創元推理文庫)


下町のフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マルはカウンター七席、テーブル五つ。三舟シェフの気取らない料理が大人気。実はこのシェフ、客たちの持ち込む不可解な謎を鮮やかに解いてくれる名探偵でもあるのです。突然姿を消したパティシエが残した謎めいた言葉の意味は?おしゃれな大学教師が経験した悲しい別れの秘密とは?絶品揃いのメニューに必ずご満足いただけます。

下町の商店街の中にある小さなフランス料理のお店「ビストロ・パ・マル」のシェフが、店内で起きた謎を解き明かすシリーズ第3弾。
収録作は1話1話が短くて、私のような細切れ時間での読書をすることが多い読者には読みやすくてありがたい作品になっています。
とはいえ、短い中にもフランス料理に関する知識や人の心の機微など読みどころがギュッと詰まっていて、密度の濃い話が多く、あまり短さを意識することはありませんでした。


日常の謎」ミステリに分類される本作ですが、ミステリ度はどちらかというと低めだと思います。
「ビストロ・パ・マル」の三舟シェフが探偵役で、作中ほとんど厨房の中にいるのに、店員や客の話からあっさり謎を解いてしまうその姿は、ある意味「安楽椅子探偵」っぽい。
もちろん同じ店の中で完結している話ではあるので、「安楽椅子探偵」とはちょっと違うのですが。
フレンチのシェフなのだから当たり前ですが、フランス料理やフランス文化についての造詣が深く、その知識を生かして謎を解いていきます。
ただ、どちらかというと主眼は謎解きそのものではなく、謎を解くことによって明らかになった人間模様や人の心理の方に置かれているという印象です。
ある言葉の裏に隠された本当の想いだとか、表面上の態度だけではわからない気遣いだとか、そういった人の感情の繊細さにハッとさせられます。
その感情がよいものばかりではなく、時には少々暗いものだったり後ろめたいものだったりするのも、綺麗ごとばかりではない人間らしさを感じます。
そこに、ネタバレ防止のため具体的には言えませんが、現代的なテーマを絡めているのもうまいですね。
決して堅苦しくなく自然に、考え方や価値観をアップデートしていくことの大切さを教えてくれる。
ミステリにおいて謎を解く際には偏見や思い込みを取り除くことが重要ですが、そのことともとても相性の良いストーリーになっています。


全8話の収録作のうち、特に私が気に入ったベスト3は、「コウノトリが運ぶもの」「共犯のピエ・ド・コション」「ムッシュパピヨンに伝言を」です。
コウノトリが運ぶもの」は最初に収録されている作品ですが、いきなり泣かせる結末で強く印象に残りました。
アレルギーに関するエピソード、そして「コウノトリの模様が入った鍋」という、一見何の関係もなさそうなふたつが結びついて浮かび上がってくる、亡き人の思い。
こういう話には弱いですね。
「共犯のピエ・ド・コション」では入れ歯洗浄剤をそんなことに使うのか!という強い驚きがありました。
三舟シェフの心遣いと「共犯」に、彼の人柄がにじみ出ていて気持ちのよい読後感でした。
ムッシュパピヨンに伝言を」は、大学教員の昔の恋物語がなんとも切ない。
だからこそ、結末には思わず笑みがこぼれます。
ブリオッシュは私も好きなパンですが、そのパンに意外な意味があったことに驚きました。
これら3作以外だと、料理が印象に残った作品はストーリーも印象に残っています。
たとえば「追憶のブーダンノワール」の「ブーダンノワール」とは豚の血で作ったソーセージのことですが、日本人としては「豚の血」と聞いてもあまりおいしそうだとは思えません。
そういう一般的な日本人の味覚をうまく利用したストーリーなのです。
表題作「マカロンはマカロン」に登場するマカロンも、日本で知られているマカロンとは違う種類のマカロンが出てきて、こういうものもあるんだと勉強になりました。
いつかどこかで機会があれば、ぜひ味わってみたいものです。


基本的に、謎を解くことによって人の悩みや問題が解決するような話が中心なので、読後感がさわやかです (例外もありますが)。
作者自身、食べることが好きで、フランス料理について調べることを楽しみながら書かれたんだろうなということが伝わってきます。
その分、とにかく料理の描写がおいしそうで、全編飯テロともいえる作品ですので、夜中などに空腹状態で読む場合には注意が必要かもしれません。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp
tonton.hatenablog.jp