tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『パーマネント神喜劇』万城目学

パーマネント神喜劇 (新潮文庫)

パーマネント神喜劇 (新潮文庫)


派手な柄シャツを小太りの体に纏い、下ぶくれの顔に笑みを浮かべた中年男。でもこれは人間に配慮した仮の姿。だって、私は神だから──。千年前から小さな神社を守る恋愛成就の神は、黒縁メガネにスーツ姿の同僚と共にお勤めに励む。昇進の機会を掴むため、珍客がもたらす危機から脱するため、そして人々の悠久なる幸せのため。ちょっとセコくて小心で、とびきり熱い神様が贈る縁結び奮闘記!

日本中あちこちにある神社に祭られ、日々人間たちの願い事に耳を傾け叶えるための「言霊」を発する神様たちを描いた連作短編集です。
ユーモアたっぷりの描写とストーリーにクスリと笑える、楽しい読書になりました。


主人公は縁結びの神様なのですが、これがなんとも人間臭い神様なのです。
いや、人間臭いというか、サラリーマンっぽい。
上級神からノルマを課され、昇進を目指して日々「お勤め」に励む。
そのお仕事への取り組み方は、「サラリーマンっぽい」どころの話ではなく完全にサラリーマンそのもの、見た目も小太りのおっさんで、なんだか普通に身の回りにこんな人たくさんいそうだぞ、と思ってしまいました。
上司の理不尽さについつい愚痴っぽくなったり、その一方で昇進に色気を見せてへいこらしたり、会社勤めの人間としては共感できるし身につまされる場面ばかりです。
思わず、神様も大変なんだなぁ……などと同情心までわきあがってきます。
神社にやってきてあれこれ願い事をしていく人間たちは、いわば「顧客」でしょうか。
勝手なことばかり言うんだから、とこれまた愚痴りつつ、ノルマもあるので「これは!」という人間に目をつけて、その願い事を叶えていく。
このあたりはサラリーマン風でもやはり神様は神様ですね。
奇跡の力を使いつつ、でも完全に神の力のみで願いを叶えるのではなく、ターゲットの人間自身が自分の力で願いを叶えられるように背中を押すのが神様の役割であり、神様の腕の見せ所です。
やっぱり、人間が神頼みになりすぎてはいけないから、人間の成長を促す方向で力を使うことになっているんだろうなと、思わず納得。
非現実を描くファンタジーこそリアルで説得力のある描写と設定が必要、という話を思い出しました。


時折フフッと笑いながら読み進めていましたが、最後の話で表題作でもある「パーマネント神喜劇」には、思わずジーンとするような展開が待っていました。
大きな地震があった後に何度も地震が続く中、神社で「早く地震をなくしてください」と願う小学生の女の子が登場します。
この願いはこの少女に限ったものではなく、多くの人が、地震のために倒壊したお社でお祈りをしていきます。
けれども主人公である神様の本業は縁結びです。
さて、どうするのかなと思っていたら、本業以外の願い事でも、しっかり力を発揮する神様。
そしてそれ以上に、少女たちをはじめとする人間たちの切実な願い事を聴き、人間たちの笑顔を喜ぶ神様に、なんていい人……いやいい神様なんだ!とうれしくなり、うっかり涙が出そうになりました。
地震のような自然災害しかり、今のコロナ禍しかり、多くの人が不安を覚え神様に頼りたくなる時代を、この世界は繰り返し経験してきました。
そのたびに人々は祈り、願います。
無力な人間たちの、その心からの祈りや願いをしっかり聞き届ける存在がいる――それはなんて優しい世界観なのでしょう。
本当にこんな神様がいてくれたらいいなと、あたたかい気持ちになりました。


神様に共感したり同情したり、笑わされたり泣かされたり――こんな経験ができるのはフィクションだけ。
だからこそ私はフィクションが好きなんだな、と再確認しました。
万城目さんの別の作品から、あの女の子がゲスト出演しているのもうれしかったです。
☆4つ。

『ヘイ・ジュード 東京バンドワゴン』小路幸也


父から息子へ、続いていく歌がある。
大人気「東京バンドワゴン」シリーズ第13弾!
ここは東京下町。堀田家は今にも朽ち果てそうな日本家屋で「東亰バンドワゴン」という古書店を相変わらずに営んでおります。花陽の医大受験を前に、春を待ち望む今日この頃です。常連の藤島さんの遺産相続がきっかけで思わぬご縁がつながったかと思えば、一方で闘病中の我南人のバンド仲間・ボンの病状はますます悪化し……。父から子へ継がれていく思いが込められた大人気のシリーズ第13弾!!

東京バンドワゴン」シリーズもついに13作目。
こんなに長い付き合いになるとは……と、ここのところ毎年感慨にふけっています。


なんといってもこのシリーズは、巻が進むにつれての登場人物たちのさまざまな変化が一番の楽しみです。
1冊ごとに1年ずつ時が流れ、そのぶん登場人物も全員歳を重ねます。
中には歳をとってお別れとなってしまうキャラクターもいますが、古書店「東亰バンドワゴン」の店主である堀田勘一は86歳となった今作でもまだまだ元気そのものの現役で、その存在感は1作目と比べてもまったく衰えていません。
勘一の息子の我南人 (がなと) も60代後半で、もはやすっかり大御所ミュージシャンですね。
堀田家の最年少メンバー、鈴花ちゃんとかんなちゃんは言動がかなりしっかりしてきて、子どもの成長は早いなと思わされます。
けれども、今作で一番の成長ぶりを見せつけてくれたのは、高校1年生の研人くんでした。
すでにプロのミュージシャンとして活動しているということもあり、中学生の時には高校には行かないなどと言い出して、親である紺と亜美さんをやきもきさせたりもしましたが、いざ高校へ進学すると、自分の進む道がはっきり見えたからなのか、ずいぶん落ち着いて大人っぽくなった印象です。
この年頃の男の子にしては珍しく、気配りができて、家族に対しても友達に対しても深い思いやりを見せます。
特にいとこでありながら姉弟のように一緒に育った花陽ちゃんについて、「何かあったら何をおいてもいつでも飛んでいくつもりでいる」と研人が言うシーンには、なんてかっこいいの!と思わずジーンとしてしまいました。
若きミュージシャンとしてそこそこ成功していて、天狗になってもおかしくないところですがそうはならないのも、やはり生まれた時から大家族の中で育って、たくさんの大人たちに優しく、時に厳しく見守られてきたからなのかなと思います。
ガールフレンドの芽莉依 (めりい) ちゃんに一途なところもかっこいいのですが、そこはもっといろんな恋を経験するのも悪くはないんじゃないかと思ってしまうところ。
でもその一途さ、まっすぐさが研人らしさなんでしょうね。


そんな研人の成長ぶりがまぶしい今作のテーマはずばり、「世代交代」なのかなと思いました。
誰でもいつかは年老いてこの世を去っていく。
それは変えられない運命であり、もちろん別れは悲しく寂しいのですが、その代わりに新しく生まれ、成長する存在も確かにあって、時には去っていく人の想いや志を引き継いでくれたりもするのです。
我南人のバンド「LOVE TIMER」でドラムを担当しているボンさんは、少し前からガンで闘病中です。
その病床にボンさんの息子・麟太郎が駆け付け、花陽ちゃんと付き合っていることを報告する場面が終盤に出てきますが、とても感動的で心が温かくなりました。
恋人関係なのかどうかいまひとつはっきりしていなかった麟太郎と花陽ちゃんがついに交際宣言!というのも感動ものですが、その宣言を聞いたボンさんの反応に泣かされます。
タイトルに「ヘイ・ジュード」の曲名が選ばれた意味が胸に沁みました。
タイトルとテーマの一致という点では、シリーズ13作品の中でも本作が屈指の出来といえるのではないでしょうか。
そしてふたりの交際宣言とボンさんの言葉を聞いた勘一が逆に「まだまだ死ねない」と宣言するのもまたいいなと思いました。
堀田家の場合は勘一がまだ現役でも、世代交代も同時に進んでいる感じがします。
決して勘一が一線を退くということではなく、勘一も現役を続けながら新しい世代も同時に育ち、カフェのような新たな仕事を始めている。
これも「世代交代」のひとつの形なのだろうと思うのです。


それにしても、花陽ちゃんの交際のことが気になって仕方ない勘一はなんだかかわいく思えました。
お父さんがいない花陽ちゃんに対し、お父さんとしての役割も果たさねばと思う勘一の愛情が強く感じられます。
でも、あまり気にしすぎると、花陽ちゃんに嫌がられそうですね。
今作では花陽ちゃんの母親・藍子が再婚相手のマードックさんとともに、マードックさんの実家があるイギリスへ引っ越すという大きな変化もありました。
以前にも堀田家のメンバーがイギリスへ行く話があり、なかなか面白かったので、またイギリスが舞台の話も読めたらいいな、とシリーズ続編を楽しみにしています。
☆4つ。




●関連過去記事●
tonton.hatenablog.jp

『銀河鉄道の父』門井慶喜

銀河鉄道の父 (講談社文庫)

銀河鉄道の父 (講談社文庫)


第158回直木賞受賞作、待望の文庫化!
政次郎の長男・賢治は、適当な理由をつけては金の無心をするような困った息子。
政次郎は厳格な父親であろうと努めるも、賢治のためなら、とつい甘やかしてしまう。
やがて妹の病気を機に、賢治は筆を執るも――。
天才・宮沢賢治の生涯を父の視線を通して活写する、究極の親子愛を描いた傑作。

タイトルから想像できるとおり、宮沢賢治の生涯を描いた作品です。
本作の面白いところは、賢治の父・政次郎の視点で描いたところでしょう。
政次郎に関してはあまり文献が残っていないのだそうで、作者の門井さんの創作部分が多いのだと思われますが、それでもこの父にしてこの子あり、という説得力のあるエピソードの連続で、宮沢賢治という人物がよりリアルに浮かび上がってくるように感じました。


花巻の地で父から継いだ質屋を営む宮沢政次郎は、商売人として厳しいところがありながらも、長男の賢治に対してはめっぽう甘い親バカです。
まだ幼い賢治が病気になり入院した時には、普通は母親がするべき泊まり込みでの看病を自ら買って出て献身的に世話をし、その結果自分も病を得て生涯にわたって腸が弱くなってしまったという話は、その愛情深さが泣かせるものの、どこか滑稽で笑える部分もありました。
成績優秀な賢治は中学進学を機に家を出ますが、その金銭感覚は完全に「金持ちの家のバカ息子」のそれで、気軽に政次郎に金の無心をしてきます。
また政次郎は政次郎で、息子の要求通りにお金を出してしまうのです。
さらに学校を卒業後は製飴工場を経営したいなどと荒唐無稽なことを言い出すなど、父が資金を出してくれると信じて疑わない賢治の態度にはあきれてしまいます。
政次郎もいくら息子がかわいくても甘やかしすぎだろうと思うのですが、その親バカぶりは、賢治の優秀さを誰よりも正確に見抜いていて、そこからくる期待ゆえだったのでしょう。
政次郎自身、学校の成績は首席だったものの、質屋をやるのに学問は必要ないという父親の一言で進学をあきらめています。
だからこそ自分の息子の賢治には高等教育を受けさせたい、好きなことを学ばせてやりたいという気持ちが強かったのでしょうし、客商売にどうしても向かない賢治が学校卒業後に家業から逃げてまともに就職もせずにふらふらしていてもあまりうるさいことを言わず、妹のトシの病気をきっかけに本格的に童話や詩を書き始めた賢治の一番の読者にもなったのです。
明治・大正時代の話ですから家父長制に縛られ「父としてこうあるべき」という意識が強い政次郎ですが、それでもこの時代の人にしては息子に対して理解ある、現代の優しいお父さんにも通じるところのあるいい父親だったんだろうなと思いました。


自他ともに認める親バカの政次郎と、どうしようもないダメ息子の賢治という父子の関係がユーモアたっぷりに描かれていて面白かったのですが、実のところとても切ない話でもあります。
考えてみれば、政次郎は長男の賢治と長女のトシ、ふたりの子どもに先立たれているのです。
医療が今ほど発展していない時代のことで逆縁も珍しくはなかったのかもしれませんが、親バカな父親だった政次郎には堪えたのではないかと思うと心が痛みます。
賢治も学業優秀な子どもでしたが、トシの方も非常に優秀で、なんと女子大学校を卒業して教師になっています。
男子でも進学が難しく一般的ではなかった時代に、女性でそのような高学歴ときちんとした職業を持っているというのはすごいことだと驚きましたが、手紙のような散文に関しては賢治よりも文才があったということにはさらに驚きました。
作中にもその手紙が引用されているのですが、確かにとても読ませる文章です。
もしもトシが若くして亡くならなければ、文筆家として世に出ていたのは賢治ではなくトシの方だったかもしれない、と想像すると痛快な気持ちになりました。
そのトシの死の床を描いた作品が『春と修羅』に収録されている『永訣の朝』で、これは私も大好きな作品なのですが、この作品が書かれた時の賢治のエピソードにはちょっと呆れるというか、賢治らしいエピソードとは言えるのですが少しがっかりしてしまいました。
政次郎も『永訣の朝』を読んだときには賢治に対し憤慨していますが、それでも賢治のいくつもの作品を何度も何度も熱心に読んだところはやはり父親だからこそ、でしょうか。
やがて病に倒れた賢治を看取った政次郎による、『雨ニモマケズ』の解釈がとてもいいな、と思うと同時に、鼻の奥がツンとしました。
賢治の創作人生はトシが発病してから本格的に始まり、自らが亡くなるまでのごくわずかな期間にすぎません。
その彗星のような創作人生を誰よりも近くで、誰よりも熱心に見届けたのが政次郎なのです。


愚かで滑稽なところもありながら、強い絆で結ばれた父子の関係に、笑ったり泣いたりと感情を揺さぶられました。
宮沢賢治に対する印象も、これまでとは少し違うものになった気がします。
彼が愛した岩手県花巻市はこれまでも一度行ってみたい場所のひとつでしたが、読後その思いが一層強くなりました。
☆5つ。