tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『屍人荘の殺人』今村昌弘

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)


神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と明智恭介は、曰くつきの映研の夏合宿に参加するため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子とペンション紫湛荘を訪れる。しかし想像だにしなかった事態に見舞われ、一同は籠城を余儀なくされた。緊張と混乱の夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。それは連続殺人の幕開けだった!奇想と謎解きの驚異の融合。衝撃のデビュー作!

デビュー作ながら数々のミステリランキングを総なめにし、もうすぐ映画も公開される話題作がついに文庫化されました。
もともと本格ミステリは大好物なので、喜び勇んで読み始めましたが……、期待したほどには好きになれなかったなぁというのが正直なところです。
いや、面白かったのは確かなのです。
特に謎解き部分は十二分に楽しませてもらいました。


本作で一番よかったと思うのは、細部まで丁寧に考え尽くされ、構築された謎解きの面白さです。
大学生たちが夏休みにペンションで合宿をすることになり、そこで殺人事件が起こるというのは、ミステリの王道といえる展開でワクワクしますし、過剰にならない程度に恋愛描写が入ってくるのも、青春ミステリらしくて非常にいいなと思います。
探偵役も、変人とまではいかなくとも、ちょっと変わったところのある人物というのがいかにもでいいですね。
冒頭に用意されているペンションの見取り図がしっかり謎解きに関わってくるのも素晴らしいし、読み終えてから振り返ってみれば、ミスリードの仕掛け方も絶妙だったなと思います。
途中、違和感を感じて強く引っかかった部分があり、そこはやはり真相につながる部分だったのですが、それに気づいたくらいではすべての謎の解明にはたどり着けないというのも歯応えがありました。
私は今回は特に自分で謎を解こうとは思わずにただストーリーを追っていたのですが、それでも違和感を持ったというのは、作者がわかりやすいヒントを置いてくれていたということですし、それは本格ミステリとしてのフェアさを重視しているからだと思います。
巻末の有栖川有栖さんの解説によると、作者の今村さんはもともと本格ミステリの大ファンだったというわけではないようですが、それでもここまで本格ミステリのルールとお作法をしっかり踏まえた王道ど真ん中の作品が書けるとは、と感嘆しました。
すべての謎が解明された後の、なんとも言えない切なさとやるせなさが漂う結末もよかったです。
今風に言うと、これが「エモい」ということなのでしょうか。


一方、この作品において最大の話題になったのは「クローズド・サークルの作り方」だと思います。
帯にも「前代未聞のクローズド・サークル」とあるくらいです。
ただ、私はこの部分にはそこまで強く惹かれませんでした。
前代未聞なのは確かで、えっ、こんなのあり!?と思うこと請け合いですが、どうもそれこそ映画とかマンガっぽい非現実感にとらわれてしまって、これはすごいとは思えませんでした。
ただ、よくよく考えてみると、クローズド・サークルにおける連続殺人だとか、その殺人事件を刑事でもなんでもない探偵役の素人が解決するとか、そういうミステリのお約束自体がそもそも非現実的なので、クローズド・サークルの作り方だって言ってしまえば何でもありなのでしょう。
結局のところ、私はクローズド・サークルを構成する「アレ」 (重大なネタバレになるのでもちろんここでは伏せておきます) がそもそも好きではないというのが、この作品をあまり好きになれなかった最大の理由なのだと思います。
「アレ」について熱っぽく蘊蓄を語る人物も作中に登場するのですが、その人物に対しても若干引いてしまったということは否定できません。
「アレ」でさえなかったら、純粋に本格ミステリとして面白かったと満足できたのかもしれないと思うと、少々残念な気持ちになってしまいます。


完全に個人の好みの問題で申し訳ない感想になってしまいましたが、私以外にも「アレ」が苦手な人はけっこういるんじゃないかと思うので、他人におすすめするのはやや気が引ける作品だというのが正直な印象です。
でも本当に本格ミステリとしては近年読んだ中では抜群の出来だと思いますし、メタミステリ的な要素もあって面白かったです。
それに、物語に登場する数々の謎の中でも最大の謎が、解かれずに残ったままなのですよね。
すでに本作と同じ探偵役・ワトソン役が登場するシリーズ続編『魔眼の匣の殺人』が刊行されており、最大の謎がどうなっていくのか気になるので、結局は続きも読んでしまうんだろうなと思います。
たぶん、次は「アレ」はそんなに登場しないでしょうし。
ーーしませんよね?
☆4つ。