tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『何様』朝井リョウ

何様 (新潮文庫)

何様 (新潮文庫)


生きるとは、何者かになったつもりの自分に裏切られ続けることだ。直木賞受賞作『何者』に潜む謎がいま明かされる──。光太郎の初恋の相手とは誰なのか。理香と隆良の出会いは。社会人になったサワ先輩。烏丸ギンジの現在。瑞月の父親に起こった出来事。拓人とともにネット通販会社の面接を受けた学生のその後。就活の先にある人生の発見と考察を描く 6 編!

朝井リョウさんの直木賞受賞作『何者』は、就職活動中の大学生たちを描いた作品でとても面白く読んだのですが、読んでから4年も経つので細かいところはかなり忘れてしまいました。
そのため、『何者』のスピンオフである本作については、あまり『何者』との関連を意識せずに読むことになったのですが、それでも十分に楽しめる作品でした。
『何者』の登場人物たちがあちこちに登場しますが、その人物たちのことをまったく知らなくても、特に問題はありません。
スピンオフ作品というより、完全新作の短編集という感覚で読みました。


この文庫版の解説は、オードリーの若林正恭さんが書かれています。
朝井さんの作品を最後まで読んで、解説を読んでびっくり、驚くほど若林さんの感想は私の感想と似通っていました。
特に、「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」の主人公・正美に非常に共感できたというところです。
妹が奔放に生き、両親を困らせてきた一方で、姉として品行方正に、真面目な優等生として生きてきたマナー講師の正美。
彼女が「元ヤン」を売りにする同僚マナー講師に反発やコンプレックスを抱く心理が、私にはとてもよくわかりました。
学校や社会のルールを破って周囲の人たちに迷惑をかけてきたのに、まるでそのことを勲章であるかのように誇らしげに見せびらかす有名人というのが実際にいますが、個人的にはあまり好きにはなれません。
自分が不良だとかヤンキーだとかとは程遠い、真面目な生き方をしてきたので、真面目にやっていくよりも周囲に迷惑をかける方が「いいこと」のように言われると、自分を否定されるような気がするのかもしれません。
でも、そういうことではないのですよね。
昔ワルだったことを売りにする人がいて、実際売りになり得るのは、真面目に生きている人の方が多いからなのでしょう。
人と違う部分を売りにするのは誰でも同じです。
元不良や元ヤンがそれを売りにするのは、それがその人にとって他者と違う個性だからです。
では真面目に生きてきた人の売りは何かというと、やはりそれは「真面目に生きてきたこと」ではないでしょうか。
正美は30代も半ばに入った立派な社会人ですが、まだ自分の良さを自分で認めていないところがあるのかなと思いました。
真面目な優等生で、生徒会長を務めた経験もあり、「元ヤン」のような個性的で面白い話はできないかもしれませんが、多数の人の共感を得られるのは元ヤン講師よりも正美の方でしょう。
なにしろ、世の中には真面目な人の方が多いのですから。
自分にないものを持っている人に変に引け目を感じる必要はないーーそうわかっていても、素直にそれを受け入れるのは難しく、「羽目を外してみる」道を選んでしまう正美が自分自身と重なって、息苦しいような気持ちになりました。


表題作の「何様」は、『何者』が就活生視点の物語であったのに対して、大学生を採用する企業の人事担当者の視点で描かれた物語です。
人事担当者といっても、主人公の克弘はつい1年前には就活生の側だった新人で、採用活動は何から何まで初体験という状況です。
だからこそ克弘は、「自分は他者を選別できるような人間ではないのに」という思いにとらわれてしまいます。
就職活動を通じて「自分は何者でもない」という残酷な真実に向き合ったその先に、さらに「自分は何者でもないのに人を選別しているなんて何様なんだ」という悩みが待っているなんて、社会人になるのはつらいなあと思いますが、これも克弘が自分の良さを自分で認められれば解決できる悩みなのかもしれません。
少なくとも就職活動をやって、筆記試験や面接を通過して選ばれて入社できたのですから、「何者」でなくても人に認めてもらえるような長所は間違いなくあるのです。
そもそも周りの人たちだって、そんなにすごい人ばかりというわけではないでしょう。
新人のうちは上司や先輩がみんなすごい人のように見えますが、それは彼らが年長の社会人として多くの経験を積んでいるからで、ほとんどの人は元から仕事が完璧にできたわけではありません。
また、学生時代に優秀だった人でも、社会人になってから勉強や努力を怠れば、凡庸な人に落ちていく可能性もあります。
克弘の、若く未熟な人ならではの悩みが、私には伸びしろや可能性を感じさせるものと思えて、とてもまぶしく感じました。


自分でも気づいていない自分の良さ、それこそが自分の武器になる。
そう気づく寸前であがく若者たちの姿をとらえた短編集でした。
高校生から社会人まで、主人公たちの年齢層には幅がありますが、どの短編もキラキラした部分とドロドロした部分をあわせ持った青春小説と呼んでよいのではないかと思います。
☆4つ。




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