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『三鬼 三島屋変調百物語四之続』宮部みゆき


三島屋の黒白の間で行われている変わり百物語。語り手の年齢や身分は様々で、彼らは正しいことも過ちもすべてを語り捨てていく。十三歳の少女は亡者の集う家の哀しき顛末を、絶品の弁当屋の店主は夏場に休業する理由を、そして山陰の小藩の元江戸家老は寒村に潜む鬼の秘密を語る。聞き役に従兄の富次郎も加わり、怪異を聞き積んでいく中でおちかにも新たな出逢いと別れがあり―恐ろしいけど面白い三島屋シリーズ第四弾!

江戸で袋物を扱う三島屋の主人の姪・おちかが百物語の聞き役となって、さまざまな怪異の物語が語られる「三島屋」シリーズの4作目です。
このシリーズは毎回読み応えたっぷりですね。
本のページ数が多くてボリュームたっぷりという意味でも、内容の濃さという意味でも。
連作短編集 (短編というより中編といったほうがいいボリュームかもしれませんが) の形態ですが、ただ怪談めいた話がひとつずつ語られていくだけではなく、主人公のおちかに訪れる変化が丁寧に描かれていくところがとても好きです。


「怖い話」は苦手な人も多いと思います。
私も苦手というわけではないですが、好きというほどでもなく、進んで読んでみようとはあまり思わない方です。
それでもこの「三島屋」シリーズだけは毎回楽しみにしているのですが、それは怖い話ばかりではないからという理由が大きいです。
たとえば、本作の第二話「食客ひだる神」。
この話では、「ひだる神」と呼ばれる、化け物のような妖怪のような、不思議な存在について語られます。
ある料理人の男に「ひだる神」が憑りつきます。
自分に正体不明の存在が憑りつくというのは非常に不気味で恐ろしく感じられますが、この「ひだる神」、読んでいくうちにどんどん「怖い」という印象からは遠ざかっていきます。
それどころか、なんだか愛嬌があって、妙に人間臭いところも感じられて、憎めない。
食いしん坊で、料理人の男に憑りついたおかげでどんどんおいしいものを食べて、ぶくぶく太っていくくだりなど、怖いどころか笑ってしまいます。
名前に「神」が入っているくらいで、ちょっと厄介な存在ながらありがたがられる側面もあって、これなら遭遇しても怖くはないかも……と思えました。
また、この話に登場するさまざまな料理のおいしそうなことといったら!
結末もあたたかい感じで後味もよく、こんな話も「百物語」に含めていいんだなぁと楽しい気持ちになりました。


その一方、怖い話はやっぱりめっぽう怖くて、本作の中では表題作の第三話「三鬼」が一番怖かったです。
ただ、それは幽霊や妖怪が出てくる怪談としての怖さではなくて、人間が作り出した怖さだというのが、余計に怖さを煽ります。
この話の舞台は人里離れた山奥の小さな寒村。
雪深い厳しい環境のなか、村人たちは閉鎖的な村で貧困にあえいでいます。
けが人や病人が出ても医者に診せることもかなわず、食べるものも十分にあるとはいえず、ただ小さな村の中で農作業をするだけの、希望の乏しい生活ぶりの描写に、胸がふさぎました。
そして、そのような場所で起こった事件は、化け物ではなくまぎれもない人間が起こした事件でした。
悲惨な事件の顛末に悲しくなり、そのような事件を起こしたものの正体に背筋がぞわりと寒くなるような恐ろしさを感じましたが、それでも事件に関わった人間を責める気になれないのは、問題の根幹がその村の住民たちにではなく為政者や権力者にあるからです。
政治の失敗や怠慢がいかにむごたらしい結果を引き起こし得るかというのをまざまざと見せつけられたようで、それこそがこの話の一番怖いところだと感じました。
さらにこの第三話は、おちかが直面することになる結末も非常に悲しく心がざわつくもので、第二話の結末のほのぼの感との対比が強く印象に残りました。
これぞ宮部さん流の「怖い話」というのが一番よく表れた一話でした。


最終話の第四話では、おちかにひとつの大きな別れが訪れます。
シリーズの中でも一番気になっていた人物だけに、この人物が今後もう登場しないかと思うと読者としてもさみしいですが、この別れはおちかが前進するために必要なものだったのだと納得できる結末でした。
過去のつらい出来事で負った傷を少しずつ癒しながら、おちかが幸せになっていくのを見届けたいと思って読み続けているシリーズですが、もしかするとその幸せはそう遠くはないのかもしれないと感じられて、気持ちよく読み終えることができました。
でも、「百物語」というからにはしっかり百話、語られるはず。
完結まではまだ長い道のりがありますが、最後までお付き合いしたいと思います。
☆4つ。




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