tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ラブ・ミー・テンダー 東京バンドワゴン』小路幸也


昭和40年代、人気ロックバンドLOVE TIMERのボーカル・我南人は、物騒な男たちに絡まれて怪我をした女子高生・秋実を助ける。彼女は、窮地に陥った親友のアイドル・冴季キリを救いにきたのだという。そこに深い事…情を察した堀田家の人たち。ひと肌脱ごうと立ち上がるが、思いもよらぬ大騒動が巻き起こり―。今は亡き最愛の妻・秋実と我南人の出会いの秘話を明かす、ファン待望の番外長編、第12弾!

毎年春のお楽しみ、「東京バンドワゴン」シリーズ。
1年に1作ずつ刊行されていますが、なんとついに12作目 (単行本はすでに14作刊行されています) に到達し、干支が一回りしてしまいました。
これはなかなかすごいことですよ。
いくら作者がシリーズとして長く続けたいと思っても、出版社も営利企業なのですから、人気がなければ当然打ち切りにせざるを得ません。
ここまでシリーズが続いてきたのは、ひとえにこのシリーズの物語の魅力にとらわれた私のようなファンがたくさんいるからです。


では本シリーズの魅力とは何か?
堀田家を中心とする登場人物たちの魅力もさることながら、誤解を恐れずにいうならば、このシリーズ最大の魅力は「昭和臭さ」です。
シリーズのどの作品を読んでも、懐かしい空気感に満ちています。
東京下町、古い家屋のひとつ屋根の下に暮らす大家族。
昭和のホームドラマをイメージした設定なので、昭和臭がするのは当たり前ですね。
そしてシリーズ12作目で番外編でもある本作では、その昭和臭がさらに強まっています。
というのも今回は過去の話、昭和40年代が舞台なのですから、本当の昭和の話なのです。
芸能界や音楽業界がストーリーに大きくかかわってきますが、その描写が当たり前ですが完全に昭和!
若者たちの間で人気のアイドルやロックバンドが新しい音楽のかたちとして登場していたり、芸能界が裏社会とつながっているという描写があったり。
私も生まれる前の時代の話なのですが、「そうそう昔はこんなんだったよ」と、懐かしむ気持ちがわきあがってくるのが不思議です。
本編シリーズは昭和臭さを漂わせつつも、パソコンやインターネットといった現代的なものも登場するのでそれほど古臭さは感じないのですが、今回は徹底してどこを読んでも古くて懐かしいのがたまりません。
昭和どころか平成も終わってしまった今、このような昭和の空気を詰め込んだタイムカプセルのような作品に、逆に新鮮味があるように思います。


もちろんシリーズ読者にとってはほかにもうれしい読みどころがいっぱいで、さすが長くシリーズが続くと作者も読者のツボを完全に把握しているなと思いました。
まず、シリーズ本編ではすでに他界して幽霊 (?)として堀田家を見守るサチおばあちゃんが、過去を描く番外編では成人した息子を持つおばさんとはいえまだまだ若々しい女性として登場するのがうれしいです。
堀田家の女性らしく、強くしなやかで優しい人柄に惹かれます。
本作でのサチは堀田家の主婦だけではなく、息子の我南人 (がなと) のバンド「LOVE TIMER」のマネージャーという働く女性でもあります。
勘一が家長としてどっしり君臨する堀田家ですが、勘一ばかりが強いのではなくサチにもしっかり活躍の場があるのがいいですね。
その辺りは例外的に現代的な部分かもしれません。
そして本作では、我南人とのちに我南人の妻となる秋実との運命的な出会いが描かれるのですが、この出会いがまたファンの心をくすぐります。
出会い方が、我南人の両親である勘一とサチの出会いとよく似ているのです。
サチはよくシリーズ本編でも我南人のことを「我が息子とはいえ」だの「誰に似たのやら」だのとぼやいていますが、いやいや血は争えませんね。
意図したわけでもなく両親と同じような道をたどってしまうのは、これはもう「親子だから」としか言いようがないでしょう。
シリーズ本編ではサチ同様故人であり、堀田家の人々の思い出話の中にしか登場しない秋実が、番外編でようやく生きて登場したというだけでもうれしいのですが、勘一とサチの夫婦と似たような形で出会って、我南人との間に「LOVE」が生まれるという展開は、期待を裏切らないものでした。
我南人の決めゼリフ「LOVEだねぇ」の秘密も、思わずにやりとさせられ楽しい気分になりました。


過去の堀田家は家族の人数が少なくて、ちょっとさみしい感じがするかなと思いきや、堀田家に出入りする人間が多いのでにぎやかなのは本編と全く同じです。
ワイワイ騒がしい朝食シーンもしっかり登場しています。
本作で描かれる風景が、本編で描かれる「今」へとつながっているのだなと思うと感慨深いです。
とはいえ本編の登場人物たち、特に花陽や研人たち若い世代が恋しくなって、早く本編の続きを読みたいなぁという気持ちにもなりました。
4年に一度、本編の物語のすき間を埋めてくれる番外編として、申し分のない作品でした。
☆4つ。
ところで、シリーズも長くなってきたので、そろそろ「堀田家年表」が巻末の付録にほしいなぁ……。


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