tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『屋上』島田荘司

屋上 (講談社文庫)

屋上 (講談社文庫)


自殺する理由がない男女が、次々と飛び降りる屋上がある。足元には植木鉢の森、周囲には目撃者の窓、頭上には朽ち果てた電飾看板。そしてどんなトリックもない。死んだ盆栽作家と悲劇の大女優の祟りか?霊界への入口に名探偵・御手洗潔は向かう。人智を超えた謎には「読者への挑戦状」が仕掛けられている!

御手洗潔」シリーズ50作目という記念すべき作品なのですが、うーん、ちょっと「これじゃない」感が強いですね。
少なくとも私が「御手洗潔」シリーズに求めるものは、本作にはなかったと言わざるを得ません。


序盤の雰囲気作りはよかったと思います。
食品メーカーの機械仕掛けの巨大看板の話から始まって、ある奇抜な作風の盆栽作家とある大女優の悲劇の話、そしてその悲劇にまつわる植木鉢の因縁と続いて、これからどんな恐ろしいことが起こるんだろう、そこに名探偵・御手洗潔はどう関わってくるんだろうと、想像力をかきたてられます。
ところが、ホラーチックな謎解きになるのかと思いきや、なぜか物語はコメディーチックな方向へ進んでいくのです。
ある銀行の屋上に上がった行員たちが次々に転落死するという奇怪な展開はミステリらしくてよいのですが、自殺しそうもない人たちが次々屋上から転落して死んでゆくという、現実にあったとしたらかなり悲惨な事件でありながら、どうもその悲惨さが文章から伝わってきません。
その原因は、転落死する銀行員のひとりがコテコテの大阪弁だったり、他の銀行員たちの会話が妙にのんきというか、冗談交じりで時折笑えるようなものだったりするところにあるのではないかと思います。
どうも序盤のホラー風の雰囲気と乖離がありすぎる気がして、違和感が拭えませんでした。


謎解きの方も、驚きや意外性がないとは言いませんが、強引さが目につきます。
御手洗の超人的な推理力についてはいつもの通りなのでそれはいいのですが、「読者への挑戦状」があるわりにロジカルとは言いづらい謎解きはどうなのかなと思わされました。
確かにヒントや伏線はしっかり書かれているとは思うのですが、シリーズ読者としては何かしっかりしたトリックが仕掛けられているはずだと考えてしまって、真相へたどり着く妨げになっている気がします。
さらに、真相となるできごとを映像として想像してみると、これもなんだか奇想天外というよりはコメディーチックで笑える感じです。
本作は徹底的にコメディー、またはユーモアミステリにしたかったのでしょうか。
ですが、それだと序盤の雰囲気作りは何だったのかと言いたくもなります。
本当に序盤は悪くなかったし、御手洗と石岡君の会話もいつも通りでうれしかったのに、全体としてみると残念で仕方ありません。


本格ミステリではなくユーモアミステリとして読めば、それなりに面白いのだと思いますが、私は本格ミステリが読みたかったので期待外れでした。
また、細かいことかもしれませんが、作中の舞台が1990年から1991年という時代設定なのに、作中人物が会話の中で「イケメン」や「就活」という言葉を使っているのも気になりました。
当時、これらの言葉はまだ使用されていなかったと思うのですが…… (少なくとも一般的に使われるようになるのはもう少し後なのでは?)。
「本作はフィクションなので現実とは関係ありません」と言われればそれまでなのですが、校閲さんもう少し仕事して……などと思ってしまい、その点でも残念でした。
☆3つ。